招かれざる客(アルフォエル視点)
無事に聖剣を授かり、ベーマール王国へと帰る事になる。
コウが何か思い悩んでいる顔をしていたのが気になったが、何も言わずにおく。
きっとコウは聞いても何も言わない。
コウと一緒にいる事で、それはわかってきた。
こう言う時は、聞いてもはぐらかされる。
逆に気を使われても困るので、あえて何も聞かずにいた。
帰りの道中も俺とエマを中心に魔物と戦っていく。
サポートに徹したコウだったが、そのサポートが絶妙で俺もエマも怪我一つせずに済んでいる。
俺の戦いを魔法でサポートしつつエマに襲い掛かった魔物を切り倒すなど、きっとコウにしか出来ないだろう。
授かった聖剣の使い心地も悪くない。
軽い割に丈夫なので思い切り振る事が出来る。
聖剣には攻撃力が上がるなど、特別な効果は無い。
只々、丈夫なだけだ。
丈夫さだけが取り柄だと笑って言った総大司教様に顔を引きつらせてしまったが、丈夫なだけでも十分な価値はあった。
来た時と同じ様に村や町に泊まりながら帰路を辿る。
今回は野宿の必要がなかった為、コウのアイテムボックスの活躍の場は少なかった。
それでも馬を休める休憩時間に暖かいお茶が出てきたのは嬉しい。
小腹が空いた時に貰ったマフィンも美味しかった。
買った物だと思って食べていたが、コウが作った物だと聞き驚いた。
甘い物が大好きなエマがコウを尊敬の眼差しで見ていたのが印象的だった。
順調に旅を終え、ベーマールの王都に着くと門番が慌てているのに気付いた。
何かあったのだと悟り、門番へ話し掛ける。
「何かあったのか?」
馬の上から話し掛けた為、門番がこちらを見上げる。
俺の顔を確認すると、彼は僅かに安心したような表情を見せた。
「アルフォエル様、お帰りなさいませ!
実は今、デルヘン国王がお見えになっているんです。
国王陛下が対応しているんですが...。」
デルヘンの国王だと?
まさかサクの事が気付かれたのか。
父上が対応していると言っていたが、相手はデルヘンだ。
何をしてくるかわからない。
俺は城を真っ直ぐに見据えた。
「セオン様が城でお待ちです。
詳しい話はそちらで。」
門番も城の中での事までは情報が入っていないのだろう。
俺に急ぐ様に促した。
それに従い、城下町を馬で駆け抜ける。
コウもエマも表情は硬く、事態を重く見ている様だった。
「セオン!何があった?」
城内にセオンの姿を見つけ呼び止める。
「アル様!よくお戻りになりました!
今、デルヘン国王がお見えになってまして。」
「それは聞いた。
何の用で来たんだ?サクの件か?」
「いえ、サクの事は気付いて居ません。
念の為、サクには寮の部屋から出ないように言っておきました。
デルヘン国王がお見えになったのは聖女の事らしいです。
なにやら聖女を渡せとか意味のわからない事を言ってまして...」
聖女を渡せ?
コウの事を殺そうとしたくせに、今更何を言っているんだ。
俺が怒りにより眉間の皺を深くした事に気付いたセオンが、慌てたように言葉を続ける。
「今、国王陛下が対応して下さって居ます。
ご案内しますので、アル様にもご同席頂けないかと。」
「わかった、案内してくれ。」
セオンに続く俺にコウがどうしたものか戸惑う。
「コウ、それにエマも念の為付いて来てくれ。」
コウが頷きエマはやれやれと言った風に首を振った。
俺は2人を引き連れセオンの後に続く。
セオンは応接間の扉を叩き、控えめに声を掛けた。
「アルフォエル様をお連れしました。」
セオンが扉を開く前にコウに向き直る。
コウは不安そうな顔をしていた。
「コウはここで待っていてくれ。
声を掛けたら中に頼む。」
不安そうなコウを残していくのは気がひけるが、セオンとエマもいる。
コウの事は2人に任せる事にして、俺はセオンの開けた扉を潜った。
「失礼します。」
挨拶をしながら部屋の中を見渡す。
肥満により膨れ上がった体を無理矢理ソファに押し込んで座っているのが、デルヘンの国王だろう。
その隣に座ったヒョロヒョロした棒のような男が王子だろうか。
「これはベーマール王国の第一王子ではないか。」
「アルフォエルです、ようこそおいで下さいました。」
のっそりと立ち上がったデルヘン国王と握手を交わす。
俺は口元だけに社交的な笑みを浮かべた。
この状況で歓迎されていない事は相手も察していただろう。
デルヘン国王も同じような笑みを返した。
「今更、第一王子が出て来てどうなるってんだよ。」
ボソリと呟かれた言葉にそちらの方向を見る。
棒切れのようなデルヘン王子がそう言ったと分かると、俺はひと睨みしてやった。
それだけでヒュっと息を飲み、モゴモゴと口籠る。
狼狽え、あちこちに視線を彷徨わせる様は、何とも惨めだ。
「デルヘン王国では、召喚した聖女が偽物だったと聞きましたが。
その偽物が処刑されたとか。」
さも世間話のように探りを入れるが、デルヘンの国王が臆する事はなかった。
「ええ、偽物は処刑しましたよ。」
堂々と嘘を付けるその神経はわからないが、デルヘンではサクに逃げられた事は隠されているらしい。
「本日はどのようなご用件で?」
父上をチラリと見てみるとうんざりした表情をしていた。
恐らく長時間、何度も同じ会話を繰り返したのだろうと想像がつく。
「先日、ベーマール王国で聖女降臨式が行われたと聞きましてな。
協定国では聖女召喚を禁止していた筈。
他の協定国に、ベーマール王国が聖女召喚を行ったと知られるのはまずいのではと思いまして。
なので協定国ではない我がデルヘンで聖女召喚を行い、逃げ出した聖女をベーマール王国が保護した事にすれば、協定国同士での争いはさけられるのではないかと提案に来たのです。」
「ほう、それは。」
「聖女をデルヘンに引き渡してくれれば、口裏を合わせましょう。
悪い話ではないのでは?」
デルヘン国王は口角を上げ、ニヤリと笑った。
なる程、そう言うことか。
それで聖女を渡せと言っているのかと納得する。
「折角ですが、必要ありません。」
「何?」
キッパリと断る俺にデルヘン国王の顔色が変わる。
断れる筈がないとでも思っていたのだろうか。
「概ね事実ですので、我が国で困ることは何もありません。」
言われている事が理解出来ないのだろう、デルヘン国王が訝し気な顔をする。
「コウ、入って来てくれ。」
静かに開かれた扉からコウが顔を見せる。
するとデルヘン国王は立ち上がり、顔を赤くした。
「お前は、聖女に不敬を働いた犯罪者ではないか!
何故ここにいる!
ベーマール国王よ、此奴は我が国で処罰する。
引き渡してもらうぞ!」
真っ赤な顔で唾を撒き散らしながら、デルヘン国王は大声を上げた。
「聖女は偽物だったのでしょう?
偽称罪で処刑された者の言う事を信じるんですか?
それともデルヘン王国は偽物の聖女に義理立てすると?」
「そっ、それは。」
「それに彼女こそが本物の聖女ですよ。
...その意味がわかりますよね?
デルヘン王国では聖女様を殺そうとした、その事実が協定国や教団に知られたらどうなりますかね?」
デルヘン国王は信じられないといった視線をコウに浴びせた。
コウと一緒に部屋へ入ったエマが俺に続く。
「教団はベーマール王国に協力するよ。
僕がそう伝える。」
エマのローブに入った紋章でエマが教団関係者だと理解したのだろう。
デルヘン国王は顔を青くさせ、違う...あれはと小声で呟いた。
「もう聖女に関わるな、そうすれば今回は見逃す。
今後、コウに手出しをしたらわかっているな?」
脅すようにそう言うとデルヘン国王は怯えた表情をし、慌てて部屋を後にした。
それに続くようにデルヘン王子も部屋から走り去っていく。
ようやく静かになった部屋で安心したように息を吐き、コウの頭を撫でる。
コウは渡さない。
その思いがなぜかしっくりと心にはまった。




