元の世界での存在
眠っているアルを放って置けなくて、すぐ側でアルの寝顔を眺めている。
アルには一応、治癒魔法を掛けておいた。
聖剣を抜く事によって倒れたアルに、増殖、再生、排除のどれが効くかわからなかった為、とりあえず元気になれと治癒魔法を掛けた。
それがちゃんと効くのかは正直わからない。
聖女について沢山勉強したと言っていたエマに、私も聖女について学びたいと言ったら資料庫から資料を持って来てくれた。
コウが聖女について学ぶのは大賛成だよと言われてなぜか不満が生じるが、聖女について学びたいのは事実なので何も言わないでおく。
状態保存の魔法が掛けられているのだろうか。
昔の本の筈なのに、何処も欠ける事なく保存されていた。
新しい資料から遡るように読んでいく。
28番目の聖女の名前として風早 小百合の名を見つける。
名前による聖女召喚は昔から行われていたようで、小百合も名前だけは知られていたようだ。
ベーマールで召喚され、発見されなかった聖女とだけ書かれている。
確かに小百合は聖女として何もしなかったかも知れないが、この世界で懸命に生きてきた小百合の事がこれしか書かれていない事に不満はある。
だがこれまで小百合の事を誰も知らなかったのだ、これも仕方がないことなのかも知れない。
順々に遡りながら資料を読み進めていく。
小百合の他にも、力試しで召喚された聖女はいたが彼女らはちゃんと保護されていたようだ。
聖女達の魔法についても書かれている。
前にエマが言っていたように、四大魔法全てが使える聖女は少なかったらしい。
そもそも昔は聖女に聖魔法以外は教えていなかった時期もあり、本当に使えなかったかは定かではない。
そして資料に書かれている聖女は皆、国の宝のように扱われ、勇者や聖女に同行する者達から大切に守られたと書かれている。
剣を振るい魔法を駆使して最前線で戦った聖女など、どこのページにも書かれていなかった。
これを見ていると自分が規格外と言われてしまうのも納得だった。
書かれた沢山の名前の一部に目を止める。
「日向 菜花...?」
何故だろう、知らない名前の筈なのに何か引っ掛かった。
この世界では勿論、日本でもそんな名前の知り合いはいない。
何故その名前に惹かれたのかわからなかった。
「やっぱり思い出せないや。」
暫しの間、記憶を探ってみたが思い出せない。
仕方がないので記憶違いという事で済ませた。
思い出せない事をいつまで考えても意味がない。
私は資料を読み進める事で、その名を記憶の隅に追いやった。
どんどんと読み進め、遂に一番最初の聖女の事が書かれているところまで来た。
一番最初の聖女の事の他に、召喚の誓約なんかも書かれている。
聖女召喚の準備として最初に聖女の名前をお告げで貰うらしい。
昔から名前での召喚は変わらないようだ。
目線で文章を追っていたが、一文に目が止まりぞわりと悪寒を感じた。
『召喚されると、元の世界から召喚された者の記憶が消える。』
これはどういう事だ?
元の世界とは私にとっての日本の事だろうか?
記憶が消える?
私には日本にいた時の記憶がちゃんとある。
つまりは私から記憶が無くなるということではない。
文章をそのまま素直に読むとそれは...。
ここで考えるのをやめる。
この一文に悪い考えしか浮かばない。
その後の文章にも元の世界に戻った聖女はいないので、確認は出来ていないと書いてある。
正直これまで日本に残してきた、家族や友人の事を考えないようにしていた。
私が居なくなった事で、残された人達はどう思うのだろうか。
突然、家族が、友人が居なくなってしまうのだ。
きっと酷く心配している、そうわかっていたから考えないようにしていた。
恐らく私が元の世界に戻れることは無いだろうと思う。
私はこの世界で生きていくんだと自分に言い聞かせていたが、もしかしたらと僅かな希望は捨てきれなかった。
もし、もしも元の世界に日本に戻れるなら...。
私は家族や友人のいる世界へ戻る事を選ぶだろう。
この世界でも沢山の大切な人は出来た。
しかし私が元々住んでいたのは日本だ。
今は聖女として必死にこの世界で生きている。
もし、日本に私の居場所が無くなってしまったら...。
「コウ?」
目覚めたアルに名前を呼ばれ、ハッと現実に戻される。
本を閉じ、アルの方へ向き直るとアルの眉が心配そうに下げられた。
「コウ、どうした?
顔色が悪いぞ。」
気を失い目覚めたばかりのアルに心配を掛けている。
その事が申し訳無くて私は自身の頬を触り、何とか血色を良くさせようとした。
「なっ何でもない、大丈夫。」
これ以上、アルに心配を掛ける訳にはいかない。
私はアルに必死に微笑み掛けた。
それを見て、アルが困ったような表情をする。
違う、そんな顔をさせたい訳じゃないのに。
「そうだ聖剣...聖剣はどうなった?」
明らかに話題を変えようとしてくれたアルに、有難いと思う。
優しいアルは、私を気遣い深くは問うてこない。
私はそんなアルに、昔から甘えてしまっている。
「聖剣ならアルが無事に抜いたよ。
今はまだ、中庭に置いたままになっているから落ち着いたら取りに行かないと。」
言いながら、私が聖剣を持ち上げてしまった事を思い出し自分でもわかる位、微妙な表情をしてしまった。
だがアルはそれさえ触れずにいてくれる。
聖剣を無事に抜いたと聞いて安心したようなアルは、もう少し眠ると言うと再びベッドに横になった。
気を失うほど疲れたのだ。
今は十分に眠らせてあげよう。
アルが寝付いたが、私はもう一度本を開く気にはなれなかった。
元の世界に戻った聖女はいない、誰も何も証明できた訳ではない。
そう思う事で、私は心の平穏を保った。




