教会都市到着
ベーマールの王都を出発して2日が経った。
辿り着いた教会都市は全体的に白っぽい建物が多く、神聖な印象を与える。
都市の中央にある教会宮殿に聖剣は眠っているらしい。
自分もここで魔法の修行をしていたという、エマに続いて教会宮殿に馬を進める。
祈りを捧げる人々の為に開放されている教会宮殿には、沢山の人が集まっていた。
「ちょうどミサが終わった時間だから人が多いね。
総大司教様に会えるように手配してくるから待ってて。」
エマはそう言って、人の波に逆らって進んでいく。
残された私とアルは、聖堂に並ぶ椅子に腰掛けて待つ事にした。
アルはドカリと座ると、両足を開いて座った。
その両膝に肘を乗せ手を組むと、それで頭を支える。
もしかしたら緊張しているのかも知れない。
アルはここで聖剣を抜かなければならない。
それは勇者であるアルにしか出来ない事だった。
人の波が収まると、足元に色とりどりの影が出来ていることに気付く。
顔を上げると正面には大きなステンドグラスがあった。
それは夕日を受けて、実際よりオレンジ色の影を落としている。
オレンジ色のステンドグラスはぼんやりと落ち着いた色をしていた。
「ようこそおいで下さいましたのう。
ベーマール王国の王子よ。」
優しい声が聞こえて声の主に目を向ける。
白い司祭服に身を包んだ、初老の男性がこちらに歩いて来ている。
その後ろをエマが大人しく歩いている所を見ると、この方が総大司教様なのだろう。
私は立ち上がると騎士の礼をする。
アルも立ち上がると騎士の礼をした。
「ご無沙汰しております、総大司教様。
この度、勇者に選ばれましたアルフォエルです。」
アルの言葉に総大司教様は、より一層優しそうな顔になった。
「話は聞いておりますぞ。
そなたが勇者と聞いて安心した所じゃ。」
ふぉふぉふぉっと笑いながら、顎に携えた髭を撫でると総大司教様は辺りをキョロキョロ見渡す。
「はて?エマよ。
聖女様は同行されていないのかの?」
声を掛けられたエマが肩を小刻みに揺らし、笑いを堪えているのがわかる。
「総大司教様、彼女が聖女のコウ様です。」
エマが私を紹介すると、総大司教様が目をまるくする。
だがそれは一瞬の事で、今は私に向けて穏やかな笑みを浮かべた。
これが大人の対応と言うやつだろう。
「そうでしたか、貴方が聖女様でしたか。
お会い出来て光栄ですのう。」
総大司教様はそう言って私に頭を下げる。
私は慌てて、再び騎士の礼を取った。
「さて、勇者殿。
聖剣だが、抜くのは明日にした方が良いかと思うんじゃが。」
「まだ夕刻ですし、今から抜かせて頂こうとかと思っていたのですが。」
アルの言葉に総大司教様はうーんと言いながら髭を撫でる。
「実は聖剣を抜くと言う事は、勇者にとって最初の試練となるんじゃ。
大抵の勇者は聖剣を抜くと気を失う事が多い。
長旅で疲れている今日より、一晩ゆっくり休んで明日挑んだ方が良いと思うのじゃ。」
総大司教様に言われてアルは困った顔をする。
アルとしてはさっさと聖剣を抜いて落ち着きたかった所だろう。
だが、これまでの勇者が聖剣を抜く事によって気を失っている事実は変わらない。
「アル、今日は休んで明日にしよう。
万全の状態で挑んだ方がいいよ。」
アルは渋々といった感じで納得した。
それに総大司教様も安心した様子を見せる。
「では少し早いですが、夕食を用意させるかのう。
疲れているだろう、今日は早くに休みなされ。」
総大司教様はそう言って立ち去って行く。
エマがそれを頭を下げて見送っているから、付いて行く必要はなさそうだ。
「食堂はコッチだよ。」
歩き出したエマに付いて行く。
先程までオレンジ色を透かせていたステンドグラスは、もう薄暗くなっている。
夕方の時間は短い。
総大司教様は聖剣を抜く事を最初の試練だと言っていた。
正直時間もどれ程掛かるかわからない。
聖剣を抜くのを明日にして正解だったかも知れない。
テーブルに並べてられた夕食を静かに頂く。
教会の食事がどのような物か心配だったが意外と普通の料理だった。
お寺の精進料理の洋食版を想像していたから、嬉しい誤算ではあった。
元気のないアルに話しかけ辛くて、黙ったまま食事をしている。
エマも同じなのか、黙ったままだった。
「ご馳走様。」
無言のまま食事を終えたアルが、立ち上がる。
私とエマに見送られながら、アルはどこかに行ってしまった。
アルの姿が見えなくなると、エマはフウと息を吐く。
「もう、ご飯の時にあんなピリピリした空気出すの辞めて欲しいよ。」
そう言ったエマも既に食事は終えている。
食べる事だけに集中していた食事は、いつもより早く終わってしまった。
「仕方ないよ、アルだってプレッシャーを感じてるって事でしょ?」
「まあそうだけど。」
勇者には抜けると言われている聖剣。
勇者選定を人知れずに終わらせてしまったアルには、聖剣を抜く事でしか勇者である事を証明出来ない。
そう考えると、アルに対して申し訳ない気持ちになる。
「ちょっと、コウまで落ち込むの辞めてよ。
それに心配ないと思うよ?
だってアルが勇者なのは、コウが一番知ってるでしょ?」
エマの言葉に私は大きく頷く。
そうだ、アルが勇者なのは私がよく知っている。
私はご馳走様でしたと言って席を立つと、アルを追いかけた。
そんな私をエマはいってらっしゃいと手を振りながら見送った。
コンコンコン。
アルの部屋の扉を叩く。
アルは扉を開けると、私を部屋へ入れてくれた。
無言のまま座ってしまったアルに、必死に掛ける言葉を探す。
「あの、アル。」
自分の名前を呼ばれても返事はない。
ただ視線だけを私に向けた。
「アルが勇者なのは私がよく知っているから...。
その...聖剣は絶対にアルの物になる。
試練とかよくわからないけど、私がアルを守るから。」
私がそう言うと、アルは目を瞬かせた。
何度か瞬きをすると、アルはククッと喉を鳴らし笑い声を上げる。
「流石に聖女様に守られてっぱなしの勇者じゃ、格好つかないよな。」
アルは私の頭にポンと手を乗せると、柔らかい笑みを作る。
「柄にも無く、無駄に緊張したな。
もう大丈夫だ。」
そう言ったアルの目はどこか吹っ切れたように見えた。
大丈夫、アルは明日、聖剣を抜く。
私は心の中でそう呟くと、アルに笑みを返した。




