お互いの性別
アルと勇者の聖剣を取りに行く事になり、今はその準備をしている。
荷物の準備をして馬小屋に行くと、そこにはアルともう1人可愛らしい少女がいた。
「なんでここに夜色の騎士がいるの?」
少女は馬車の荷台から身を乗り出し、こちらを見ている。
聖剣は聖地と呼ばれる教会都市にあるらしい。
この世界での宗教はたった一つで、ヴェルアリーグ教という。
そのヴェルアリーグ教の教会本部がある都市に、聖剣は眠っているのだ。
ヴェルアリーグ教は国を超えて信仰されており、その為どこの国にも属さない。
その結果、教会都市として国と変わらない権力を保持していた。
各国にある教会には教会都市から神父様が派遣され、人々の信仰を支えている。
ヴェルアリーグ教は信仰する者は選ばないが、教会に仕える者は魔力が多くないといけなかった。
つまり世界各国から魔力の多い者が、魔道士として教会に仕える事になる。
国のお抱え魔道士なども存在はするが、本当に魔力の高い優秀な魔道士は教会に行くことが多かった。
各国から選ばれる、聖女に同行する者にはそのヴェルアリーグ教からも1人選ばれる。
そのヴェルアリーグ教からの同行者がこの国の出身者だった為、今日から一緒に過ごす旨は聞いていた。
それがこの愛らしい少女なのだろう。
白髪に近いグレーの髪は少し癖っ毛で、クルンとしている。
長めの前髪から覗く瞳は綺麗なエメラルドグリーンだった。
色素の薄い彼女は、なんだかか弱いイメージを受けてしまう。
薄い水色のローブはそんな彼女によく似合っていた。
「ねぇ、なんで夜色の騎士がいるか聞いているんだけど。」
か弱いイメージとは異なり、少し気が強そうな声でそう言われた。
ムッとしたようにこちらを睨まれたが、誰の事を言っているのかわからない。
「夜色の騎士とは?」
アルは答える気がなかったようなので、私が彼女に逆に問うてみた。
すると彼女はさらに機嫌を損ねた様な表情をする。
「お前、自分が夜色の騎士って言われてるの知らないの?」
そういえば前にユリシアがそんな事を言っていた気がする。
あの時はそんな事を気にしてる余裕すら無かったので、すっかり忘れていた。
何故、夜色の騎士なんて呼ばれているのか知らないが、どうやらそれは自分の事らしい。
本当に知らなかった私が、素直に知りませんでしたと答えると彼女はプッと吹き出した。
「あはは、城下町であんなに有名なのに本人は知らないんだ。」
そんなに有名だったのか。
というか何故、騎士の自分が有名だったのだろうか。
心当たりのない私は、どう反応したらいいか迷ってしまった。
「お前、面白いね。
あのさ...」
そう言って荷台から降りようとした彼女が、自分のローブの端を踏み体勢を崩す。
「危ない!」
グラリと揺れた彼女の体を咄嗟に支えた。
ふわりと抱き留めた彼女が、スッポリと腕の中に収まる。
「大丈夫か?」
そう言って顔を覗き込むと、彼女の顔が赤くなった。
だが、その表情は照れているものではない、どちらかというと怒っているものだ。
「やめろ!離れろ!
僕に男色の趣味はない!」
そう言って私を突き飛ばすと、彼女?は肩で息をした。
えっと...彼女?に言われた事が理解出来なくてそのまま固まってしまう。
そんな私達の様子を、傍観していたアルは堪えてきれなくなった様に笑い出した。
「アル!お前も黙ってないで何とか言え!」
アルはすまんと言いながらも笑いが収まらないらしい。
そんなアルに彼女?はもういい!と言って背を向けた。
「そもそも何で聖女様はまだ来ないんだよ。
聖女様が早く来てればこんな事にならなかったのに。」
「聖女ならもう来てるぞ。」
ぶつぶつと呟く様に言った彼女?の言葉に、アルはようやく笑いが収まったようでそう答える。
「え??」
「さっきお前が突き飛ばした、夜色の騎士が聖女だ。」
アルにそう言われた彼女?の視線が私に向けられる。
パクパクと金魚の様に口を動かしたかと思うと彼女?は、はぁぁぁ?と大声を上げた。
「紹介がまだだったな。
コウ、彼がヴェルアリーグ教からの同行者のエマ=ワークリーだ。
俺の幼馴染みでもある。
エマ、彼女が聖女のコウだ。」
アルの言葉にエマとお互いに顔を見合わせる。
今、アルはエマの事を彼と紹介した気がするのだが。
「えっ?女の子...ですよね?」
「男だよ!エマって言ってるだろ!?
どう考えても男の名前だろ!?」
もう一度聞き直そうと疑問を口にした私に、エマは捲し立てるようにそう言った。
エマは男の名前なのか、どうもこの世界の名前は性別の判断が難しい。
「ってか夜色の騎士が聖女??
だって聖女降臨式の時には、女だったじゃん。」
女だったと過去形にされた事は引っかかるが、エマもどうやら聖女降臨式に参加していたらしい。
お互いがお互いの性別を信じられないという、何とも奇妙な状況になってしまい微妙な空気が流れる。
「コウはこれまで性別を隠して、騎士として過ごして来たからな。
騎士としても十分な腕だ。
で、エマ。
お前が女の振りをしていた理由だが。」
「べっ、別に女の振りじゃないし。
ただ、聖女様にこんな可愛い子が同行者なんだから、女を振り翳すなよって牽制したかったって言うか...」
何とも言えない理由にアルも私も黙ってしまう。
しかもその牽制は私にとって全く意味の無いものとなってしまった。
「と、とりあえずコウ様、これからよろしくお願いします。」
そう言って差し出された手を握る。
その手は意外と大きくて、エマが本当に男性なんだと思った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
お互いに目を合わせてそう言ったが、微妙な空気が払拭されることはなかった。




