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聖女降臨式

侍女は部屋の前に着くとノックをした。

執務室では無いここは、アルの部屋なのだろう。

中からアルの声が聞こえて、侍女は扉を開いた。


「アルフォエル様、聖女様をお連れしました。」


「そうか。

 コウ、まだ少し時間が...」


アルと目が合った。

アルは目を見開いたまま、言葉を区切るとそのまま何も言わなくなる。

今日のアルはいつもの騎士服ではなく、王族の格好をしていた。

先輩騎士にはアルより私の方が王子だなどと言われていたが、目の前にいるアルは紛れも無く王子だった。

派手では無いが、上等そうな生地で作られたシックな装いはアルにとても似合っていた。

普段は無造作に纏められているだけの髪も、後ろに流され気品が溢れている。

そんなアルに思わず見惚れていると、アルは自分の口元に手を当てまいったな、と呟いた。


「コウが女性だと理解していたつもりだったが、これは...」


私の姿をじっくりと眺めていたアルが言葉を詰まらせる。

侍女がコホンと咳をするとアルに視線を送った。

何か言えと言ってる様な視線を受けてアルは明らかに戸惑っている。


やはり変だったのだろうか。


侍女が散々褒めてくれたので浮かれていたのかも知れない。

アルが言葉を詰まらせているのをみると、急に怖くなってきた。

俯き悲しげな表情をする私に、アルが慌てたのがわかった。


「いや、その...驚いただけだ。

 とても似合っている。」


気を使ったように言われた言葉を、素直に受け取る事が出来ない。


「ありがとう...ございます。」


自分でもわかるくらい酷く沈んだ声が出てしまった。

そんな私の様子に侍女はもう一度咳払いをする。


「えーと、本当に似合っている。

 その、何だ...あまりにも美しいので、どうしたらいいかわからないんだ。」


そう言って逸らされたアルの顔が朱に染まると、釣られるように私の頬も熱を持つ。

今、アルは美しいと言った。

それがお世辞だとは思うが、嬉しくて顔がにやけそうになる。

我ながら単純だと思うが、アルのその言葉に沈んだ気持ちが一気に持ち上がる。

互いが互いを見る事が出来ずに、どちらも不自然な方向を見ている。


本当はアルに会ったら、装飾品の事で文句を言うつもりだった。

でも何か、そんな事を言う雰囲気でもない。

侍女を助けを求めるように見たが、何やら満足げにしているだけの彼女は何も言ってくれない。


私もアルも目を逸らしたまま何も言う事が出来ずにいると、部屋がノックされた。

慌てたようにアルが返事をすると、外から式が始まるとの連絡を受ける。


「わかった、すぐに向かう。」


深呼吸して落ち着かせたアルが、腕を差し出す。

どうやらここからエスコートが始まるらしい。

私はそのアルの腕に手を掛けると、隣に並んだ。

服越しでも高くなったアルの体温が伝わってくる。

よく見るとアルの耳はまだ赤いままだ。

...ダメだ、これ以上意識してしまうと自分が平静を保てなくなる。

私は隣に並ぶアルを見るのを辞め、前に視線を戻した。


侍女が扉を開け、歩き出したアルに合わせて私も歩く。

アルが視界に入ると意識してしまう。

謁見の間に続く廊下を私は只々、前を見据えて歩いた。





真っ白く大きな扉が目の前に聳える。

私はその扉を前に息を飲んだ。

ずっとアルに気を取られていたが、これから聖女降臨式が始まると思うと一気に緊張してきた。

アルの腕に掛けた手に思わず力が篭る。

アルにも私の緊張が伝わったのだろう。

アルは私が組んでいるのとは反対の手を私の手に重ねると、ふわりと笑顔を作ってみせた。


「大丈夫だ、何も心配いらない。」


私を安心させる為に掛けられた声は優しい。

アルの笑顔に少し緊張が解けた。

私もアルに微笑み掛けると、一度目を閉じた。


大丈夫、これまでもコスプレのイベントで他人になりきってきた。

今は聖女、聖女になりきれば大丈夫。


再び目を開けるとアルと目が合った。

アルは声には出さないが、おや?といった表情をしている。


「もう大丈夫です、参りましょう。」


私の様子に少し不思議そうにはしていたが、アルは正面を向く。

目の前の両扉が開かれると、真っ赤な絨毯を一歩ずつ慎重に歩いた。

踏み締めると軽く沈む位、毛足長い絨毯は玉座の前まで続いている。

玉座へはアルの父である国王陛下が座っていた。

あまり周りをキョロキョロしてもみっともないので、ふわりと一瞥する。

セオンや先輩騎士達の姿、それにアルが言っていたこの国の重鎮達だろう貴族の姿が見えた。

流石にこの場で声を上げたりはしないが、セオンや先輩騎士達は何か言いたげにしている。

私に集まる視線を一身に受けながら、私はゆっくりと玉座に近づいた。


玉座の前に来るとアルは騎士の礼をする。

私はそれに合わせるようにカーテシーをした。

こんな些細な動きだが、イメージと重ねてカーテシーを行なっている。

意外と難しいカーテシーもイメージと重ねる事で簡単に出来た。


「これより聖女降臨式を行う。

 聖女様、こちらへ。」


国王陛下の言葉に顔を上げ、更に側に歩み寄る。

国王陛下は従者から掲げられたティアラを受け取ると、それを私に向けた。


「爾を聖女と認め、これを授ける。」


国王陛下の言葉に合わせ、頭を下げる。

私の頭にティアラが飾られたのが感触でわかった。

先程まで静かだった周囲から、おお!と感嘆の声が上がりあちこちから拍手が沸き起こる。

国王陛下に促され、私は振り向き皆にその姿を披露した。

沢山の暖かな拍手を送られると何だか気恥ずかしい。

だが私は聖女としてここに立っている、そう思い気丈な態度を取り続けた。


「もう一つめでたい事がある。

 アルフォエル、ここへ。」


国王陛下に呼ばれたアルが私の横に並ぶ。

アルの肩に手を置くと、国王陛下は嬉しそうに笑った。


「我が息子であるアルフォエルが、勇者に選定された。」


その言葉に再び沸き起こる拍手と感嘆の声。

それを国王陛下は満足そうに眺めている。


「この国の、この世界の為に戦おう。」


アルに勇者らしい言葉に、拍手はより大きくなる。

この場に居る全ての人に、勇者であるアルと聖女である私が受け入れられた瞬間だった。

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