コルセット戦争
聖女降臨式当日になった。
式は3時位から行われるらしい。
昼食後すぐに侍女がやって来て、着付けを手伝ってくれるという話だった。
だが私は侍女が来る前に準備をする事にした。
準備が整っていれば、手伝いも必要ない。
早めに昼食を終えると、私はアイテムボックスから衣装を取り出した。
最初にメイクをする事にした。
メイク道具をテーブルに並べて、鏡の前に座る。
こんなにしっかりしたメイクは久々だった。
つけまつげをしたり、口紅を引いたりすると徐々に顔つきが女性らしくなっていく。
これまであまりする機会はなかったが、こうした女性らしいメイクは好きだった。
メイクが終わると髪を整える。
この世界に召喚された当時はショートだった髪も、今では背中の中央位まで伸びていた。
この世界に来てから、何故か髪の伸びる速度が早まった。
日本にいた時は常に短くしていた髪だが、この世界では切るタイミングを逃していた。
小屋に居た頃は前髪位は自分で切れたが、流石に後ろは自分で切る勇気がない。
そうこうしている内に、後ろで一つに纏める事で落ち着いてしまった。
この世界では私と同じように、髪を後ろで一つに纏めている男性も少なくないので特に目立つことも無い。
私はその髪を櫛で梳かすと、両サイドを編み上げハーフアップに仕上げた。
ようやく衣装に袖を通す所まで来た。
普段は私を男としか見ていないアルや、未だに男だと疑っている騎士達に私が女である事を知らしめるチャンスだ。
私はキャリーバッグの中からブラを取り出し、それを付けた。
前にも言ったが、私の胸は普通サイズだ。
しっかりと寄せて上げればそれなりの大きさになる。
日本の下着メーカーの力を舐めるなよ。
衣装を着て鏡の前に立った。
髪型やメイクの力もあって、しっかりと女性に見えると思う。
やはり背が高い感は否めないが、それでも女性には見えるだろう。
すっかり準備が終わった所で扉がノックされる。
部屋に入って来た侍女が、私を見て息を飲むのがわかった。
「...どう、ですか?」
その反応に一気に不安になって侍女に声を掛けた。
「まぁ、まぁ、まぁ!
なんて素敵なんでしょう!
聖女様がこんなに綺麗な方だったなんて!」
侍女は頬を紅潮させ、うっとりとそう言った。
その言葉にはぁと息を吐き、安心する。
「ドレスもとても素敵です。
まさに聖女様って衣装で、とても神秘的ですわね!」
私を何度も何度も上から下まで、舐め回すように見ている。
興奮したように沢山の褒め言葉を掛けられると、私は恥ずかしくなって顔を赤らめた。
散々掛けられた褒め言葉に、段々と居心地が悪くなってきた頃に侍女がはたと動きを止めた。
「聖女様、コルセットは着用されていますか?」
遂に来た、忘れてくれていたと思っていた言葉が掛けられる。
「えっと...。」
ニコニコとした侍女の笑顔に、言葉が詰まる。
なんだかわからないが、嘘をつけなかった。
「して...無いです。」
私の言葉に侍女はより一層の笑顔を浮かべると、コルセットを取り出した。
せっかく早くに準備をしていたのに、結局コルセットは避けられなかった。
一度着た衣装を脱ぎ、コルセットを巻かれる。
私のしていたブラに少し驚いたようだったが、それはそのままにコルセットは別につける事になった。
ギュウギュウと一箇所ずつ締め上げられる紐に、呼吸が浅くなるのを感じた。
この小柄な侍女のどこにそんな力があるのだろうと、不思議に思ってしまう。
まさか身体強化でも使っているのだろうか?
「こんな所でしょうかね?」
額に浮かんだ汗を拭いながら侍女が言った。
着せられる方も大変だが、着せる方も大変そうだ。
コルセットが付け終わり、少しだけ動きを確認してみる。
思ってた以上に大丈夫なのは、腹筋のおかげかも知れない。
騎士の鍛錬で、他の場所にはあまり筋肉が付かなかったが腹筋だけは見事に鍛えられた。
実はうっすらと割れてきている。
まさかここで鍛えられた腹筋に助けられるとは思わなかったが、これで内臓は無事守られた。
だが苦しいことは苦しい。
コルセットをしている間は、何も食べない方が良さそうだ。
再び衣装を身につけると、お腹周りに余裕が感じられる。
これがコルセットの力かと若干の感動を覚えた。
侍女は衣装に合わせた靴を用意してくれた。
背の高い私に合わせて、ヒールの低めの靴にしてくれる。
そういえば、衣装とコルセットの事ばかり考えていたので装飾を考えていなかった。
アクセサリーの類は何も持っていない。
「あの...私、アクセサリーは何も準備していないんですが...。」
靴を履かせてくれていた侍女に控えめに訴えた。
すると侍女は不思議そうな顔をする。
「アルフォエル様から伺って無いですか?
聖女降臨式は、協定国各国でそれぞれ行われます。
その式でそれぞれの国から聖女様に、聖女の証が贈られるんですよ?
我が国からはティアラが贈られます。
ですので装飾品はお召しにならずに参加して頂く事になっています。」
侍女の言葉にホッとすると同時に、それを伝えていなかったアルへの不満が募る。
アルは無口では無いが、言葉が足りない事がある。
アルに会ったら一言文句を言ってやらないと。
私は侍女に案内され、エスコートしてくれる予定のアルの元に向かった。




