守られるのが嫌なら 強くなれ
ガックリと項垂れ、下を向いたままのサクが生きているのかここからでは確認出来なかった。
石を投げる民衆とサクの間に土の壁を作る。
「貴様ら何者だ!」
突然の私達の登場に戸惑い、ワラワラと散り始めた民衆の間からデルヘンの騎士や兵士が姿を表す。
剣をこちらに向けて、殺気が溢れていた。
「ここは俺達に任せて、お前は聖女を助けろ。」
アルは私の名前を出さない様に気を付けながら、私にそう言った。
「わかりました。」
頷き、私は1人サクの元へ馬を進める。
「大丈夫か!?」
サクに声を掛けると、ぼんやりとした目と視線が合った。
生きている。
私がサクを縛っていた縄を切ると、サクの体は力なく崩れた。
それを支え、抱き上げる。
「...おう...じさま...」
サクの口から小さく囁かれた。
朦朧としたサクを抱えて馬に乗る。
風魔法で僅かに浮かせたサクを運ぶのは容易かった。
「聖女は無事です、戻りましょう!」
私の声にアル達は撤収を始める。
無駄な戦いは必要無かった。
戦う事が目的ではない、サクの救出が目的だ。
来た道を戻る様に王都の街を馬で掛ける。
判断の早い者達が、馬に乗って追って来た。
だがもうすぐ門に着く。
門を越えれば逃げ切れる可能性は高かった。
「門を閉めろ!そいつらを逃すな!」
追って来る騎士が門番に大声で告げる。
門番は慌てた様に門を閉めようとするが間に合わなかった。
閉まりかけの門から私達が脱出する。
門から出ると逆に、私は土の壁で門を塞いでやった。
これで暫く追手が来る事もない。
「無事救出成功だな。」
アルの言葉にその場にいた者達の緊張が僅かに和らいだ。
だがのんびりもしていられない。
私達は馬を走らせると、ベーマール王国を目指した。
暫く馬を走らせ、デルヘンの王都から離れるとサクの治療をする為に馬を止めた。
森の中へ入り、魔物除けに加え人払いの結界も追加する。
意識の朦朧としたサクを地面に横たえ、サクの様子を見た。
髪もパサパサだし肌もガサガサしていた。
最後に会った時より痩せたように見える。
頬は少し痩けていた。
右の頭部の傷は見た目程深くはないが、沢山血が出たのだろう。
前髪は乾いた血で額にこびりついていた。
体のあちこちにまだ新しいアザがあり、顔は蒼白かった。
サクの酷い様子に顔を顰める。
何故こんな事になってしまったのか。
私はサクの上に手を翳すと、治癒魔法を掛けた。
淡い光がサクを包み込むとサクの傷がゆっくりと消えていく。
その様子にセオンと先輩騎士が息を飲んだのがわかった。
仕上げに洗浄魔法をかけると、痩せてしまっていたが前のサクに少し戻ったように見える。
サクが正気を取り戻した、しっかりした目で私達を見渡した。
フードの隙間から私の顔が見えたのだろう。
私を見たサクの顔が驚きに変わった。
しかしそのサクの顔が、今度は怒りに歪められる。
「何しに来たのよ!
今更、私の事なんて放っておけばよかったじゃない!
私が死んだって、コウには関係ないでしょう!?
私はアンタに助けてなんて頼んでない!」
サクの言葉に思わず手に力が入る。
握った拳の爪が、掌に喰い込んだ。
「もうコウに守ってなんか欲しくない!
私が死のうが別にいいじゃない!?」
捲し立てるように一気に叫んだサクは肩で息をしている。
はぁはぁと息を切らしながらサクは私を睨んだ。
私を含め、アル達の空気がピリリとする。
私は左手でサクと肩を掴むと、右手でサクの左頬を平手で打った。
パァーンと乾いた音が響く。
サクは一瞬、なにが起こったのかわからなかったようだが、ジンジンと痛み出した左頬を抑えた。
「...守られるのが嫌なら、強くなれ。
ここにいる人達は皆、危険を覚悟でお前を助けに来たんだ。
そんな人達の前で、死んでもいいなんて言うな。
私は...何度でもお前を救うよ。」
私の言葉にサクは唇を震わせると、ポロポロ涙を零した。
声を殺すように唇を噛み締め、零れた涙を手の甲で拭う。
私はそんなサクを抱き寄せると、背中を差すってあげる。
サクは何かが吹っ切れたように声を上げて泣き始めた。
子供のように泣きじゃくり私の背中に腕を回し、しがみつく。
私の肩に顔を埋め、大声で泣いているサクに対してアル達は張り詰めた空気を緩めた。
「なんかコウって...アルフォエル様より王子っスね。」
先輩騎士の言葉にアルは肘打ちを腹に入れている。
ウッと小さく呻いた先輩は腹を押さえた。
アル達がいつもの空気に戻っている。
私はサクが泣き止むまで、サクの背中を撫で続けた。
サクが落ち着くと、私達は馬に跨り出発する。
ちょうど馬を休ませる事も出来た。
デルヘンから出るまでは、油断出来ないため急がなくてはいけない。
私は自分のマントをサクに着せると、サクの顔を隠した。
サクは私の前に横抱きにして乗せている。
風魔法のお陰で軽くなったサクを抱えるのは簡単だ。
それに馬に乗ったことのないサクでも、私に掴まるだけで済んだ。
浮かせているのでお尻が痛くなる事もないだろう。
それらの行動を先輩騎士達には王子だと揶揄われたが、それをアルが拳で沈めていく。
苦笑いしか出来なかったが、確かに聖女というより王子みたいだと思ってしまった。
サクはあれ以来大人しくしている。
皆がサクに気を使えば謙虚な態度を取るし、疲れてもわがままを言う事もなくなった。
野宿をしながらのデルヘンからの移動は、サクを気遣いながらも急いだ物だった。
ようやく着いた国境を来た時と同じように、土魔法の橋で越えるとようやく安心感が湧いてくる。
近くの村に宿を取ると、その日はゆっくりとする。
サクは宿のお風呂に入ると、少し元気になったように見えた。
ベーマール王国に入ってからは、宿に泊まれるようになった為、僅かに疲労が少なくなった。
サクにあまり無理をさせないように進んだ旅は、行きよりも一日長い時間を要した。
ベーマールの王都に着くと、アルはサクを自分に任せて欲しいと言った。
悪いようにはしないと言うアルの言葉を信じ、サクを託す。
流石に疲れた。
長旅を終えてのんびりしようと思ったが、アルに明日が聖女降臨式だから打ち合わせをしたいと言われた。
荷物を置いたら執務室に来るように言われ、思わずため息が漏れそうになった。
ため息を抑え、わかりましたと返事をする。
アルも疲れの色が見える。
サクを連れたアルと別れて、私は自室へと戻った。




