デルヘンの聖女処刑の日(サク視点) 〜後編〜
コウが居なくなってからは心にポッカリ穴が開いたようだった。
私を騙したような奴、どうなったっていい。
そう思うけど、これまでの私にはコウが中心だった。
コウが居たから聖女修行も出来ないなりに頑張れた。
でも今はやる気になれない。
元々コウに褒めて欲しくて頑張っていただけだ。
もう無意味な聖女修行なんかやりたくもなかった。
私は徐々に聖女修行をサボるようになった。
どうせやっても出来るようになんかならない。
やってもやらなくても一緒なら、面倒な事などやりたくなかった。
無駄な努力なんてしたくない。
相変わらず魔法も使えない、聖女修行はサボる。
そんな私を段々と避けるような奴らが出てきた。
冷たい視線を送られる。
疑われた、品定めするような視線が鬱陶しかった。
「本当に聖女様か?」
そんな言葉が私の耳にも届くようになってきた。
私が知りたい、なんで私なのか。
勝手にこんな世界に呼ばれて、期待されて、疑われる。
もう嫌だった。
...元の世界に帰りたい。
部屋に引き籠りがちになった私の元に、騎士が来た。
手に持っていた書状を広げるとそれを読み上げる。
「キリュウ サク、貴様を聖女偽称罪で投獄する。」
突然の出来事に訳がわからなかった。
後ろに控えていた2人の騎士が私の手に手枷をはめる。
両腕を抱えられ部屋から連れ出された。
「ちょ、ちょっと待ってよ。
私が何をしたって言うのよ。
私は聖女でしょ、こんな事してただで済むと思ってんの?!」
私の言葉に騎士がキッと眉を吊り上げる。
「黙れ!偽物が!」
急な大声にビクリと肩が震えた。
偽物?なんで?
だって私、異世界から召喚されたじゃない。
「やめて!離してよ!
離しなさい!」
誰も私の言葉を聞こうとしない。
私はズルズルと引き摺られるように、地下牢に幽閉された。
薄暗い地下牢は湿気っぽくてカビ臭い。
牢に放り込まれ鍵をかけられると、私は格子にすがる事しか出来なかった。
涙が溢れる。
私が一体何をしたというのか。
「出してよ!出して!!」
そう言った私の声は、もう誰にも届かなかった。
「ほら、食事だよ。」
そう言って牢中にトレイが入れられる。
持って来たのは私の世話係をしていた侍女だった。
「良かった、知り合いに会えて。
ねぇ何かの間違いだと思うの、ここから出してよ。」
私は格子に身を寄せて侍女に話しかけた。
すると侍女からは汚いものでも見るかのような視線を送られる。
「偽物が何言ってんだい。
アンタのせいで城の中はめちゃくちゃだよ!
この疫病神が!」
侍女はフンと鼻を鳴らすと、さっさと牢を後にした。
項垂れるように座り込むと、トレイに乗せられた食事が目に入る。
蒸したじゃがいもと、具のないスープだけが乗っている。
完全に囚人扱いだ。
私は苛立ち、立ち上がるとトレイを蹴り上げた。
昨日までは豪華な食事が部屋に運ばれていた。
視線は冷たかったが、身の回りの世話もしてもらっていた。
そんな私がこんな扱いを受けるなんておかしい。
そうだ、こういう時はあのでっぷり国王とモヤシ王子に言えばいいんだ。
...でもどうやって会えばいいんだろう?
苛立った頭ではまともに考える事も出来ない。
私は頭を掻き毟ると、ベッドに横になった。
硬いベッドが更に苛立たせる。
落ち着こうにも中々寝付けずにいた。
「ほら、食事だよ。」
今日も同じメニューが運ばれてくる。
私が地下牢に幽閉されてから2日が経った。
朝と晩の2回運ばれてくる食事はいつも同じだった。
私はそれに口を付けた事がない。
一緒に運ばれてくる水だけで2日間を過ごしていた。
こんな見窄らしい食事は食べたく無かった。
しかし、流石に2日何も食べていないとお腹が空く。
食べたくないプライドがあるが、空腹が勝ってしまった。
目の前のスープから香るほのかな匂いが、食欲を刺激した。
恐る恐るスープを口にする。
味も具もない冷めたスープだったが、美味しく感じる。
私は空腹に身を任せ、ガムシャラにじゃがいもとスープを胃に押し込んだ。
久々の食事に胃が痛くなる。
だが食べずにはいられなかった。
しばらくして食器を下げに来た侍女が、空になった食器を見てほくそ笑む。
それに悔しさを覚えるが何も言えなかった。
もうどうでもいい、早く日本に帰りたい。
それだけしか考えられなかった。
地下牢に閉じ込められて、どの位経ったのだろうか?
薄暗くぼんやりとした明かりしかない地下牢では、朝も昼も夜も全部一緒だった。
唯一運ばれて来る食事で、大体の時間を知る事しか出来ない。
私の元に騎士が来た。
私を牢に入れた騎士だ。
「お前の処刑が決まった。
2週間後、お前は処刑される。」
それだけを告げると騎士は足早に去って行く。
「え?待って...処刑って何?」
答える者は無い。
無情にも扉の閉まる音が耳に届いた。
「ねぇ待ってよ!
処刑って嘘でしょ!?ねぇ!」
誰もいないとわかっていても叫ばずにはいられなかった。
処刑?それって私が...死ぬって事?
自分の中で改めて言葉にしてみると、ぶわりと恐怖が沸き起こった。
死ぬの?私が?
自身に自問自答を繰り返す。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない...。
それからの日々は、恐怖との戦いだった。
膝を抱えて牢の隅に座り込む。
物音がする度にビクリと体が揺れてしまう。
怖い。
もう何日経ったか数えるのも辞めた。
自分の処刑までのカウントダウンのようで、2週間を数える事も出来ない。
「もうやだ...帰りたい...」
声も掠れてしまう。
何度も助けを呼んだ。
でもその声は誰の耳にも届かない。
涙も枯れてしまった。
もう私には膝を抱えて震える事しか出来ない。
扉が開かれる音がした。
複数の足音が聞こえる。
牢の鍵が開けられる、男が2人入って来た。
縄で後ろ手に両手を縛られる。
「やだあ、やだよ...」
私の掠れた悲鳴が牢の中に響く。
無理矢理立たされると、両腕を抱えられ引きずられた。
扉の外に出ると久々の日の光が目に刺さる。
眩しくて目を開ける事も出来ない。
自分の足で歩く事も出来ずにズルズルと引き摺られる。
ようやく光に慣れた私の目の前に見えたのは、城の外に設置された処刑台だった。
「やだ、やだ、やだ、やだ....」
必死に抵抗して声も出しているのにまともな声にならない。
処刑台の中央にある丸太に後ろ手のまま縛り付けられた。
顔を上げると、目の前には沢山の城下町の人々が集まっていた。
「罪名、聖女偽称罪。
キリュウ サク、お前を処刑する。」
簡潔に伝えられる、その言葉に枯れた筈の涙が溢れた。
目の前にいる人々からの視線痛い。
軽蔑と怒りが含まれる視線突き刺さる。
罪状を読み上げた騎士が手を振り上げると、城下町の人々が手に持った石を投げつけた。
沢山の石が私に降り注ぐ。
助けて...。
そう思った時に何故か浮かんだ顔がコウだった。
私を騙した様な奴の顔が浮かんだ事に戸惑いを隠せない。
何故、未だに助けを求めるのがコウだったのか。
そうか、私にとっての王子様はコウだけだった。
拳位の大きさの石が飛んで来て、頭部右側に当たった。
激痛と共に足元にポタポタと赤い血が滴り落ちる。
もう嫌だ、体のあちこちが痛い。
自分に向けられている罵声も段々遠く感じる。
意識が朦朧として来た。
ガックリと項垂れると、私と民衆の間に土の壁が出来た。
なんだろう?
「大丈夫か!?」
その声が聞こえると両手を縛っていた縄が切られた。
崩れ落ちる私を支えたのは、フード付きのマントを深く被った男だった。
やっと会えた...私の本当の王子様。




