聖女付きの騎士予定だった騎士
「お前が聖女様付きの騎士か?」
聖女とは離れ、1人歩いていた所を呼び止められる。
この城の騎士だろうか?
腰に剣を携えた男に殺気を含んだ目で睨まれる。
掛けられた言葉は疑問形だったが、私が聖女の騎士だと言うことは確信していたのだろう。
だからこその視線だと思った。
「そうですが、何か?」
ここで否定しても納得なんかしないだろう事はわかる。
なるべく気持ちを逆撫ないように素直に返事をした。
だというのに男は迷いなく剣を鞘から抜き取る。
「勝負しろ。」
男は鋒をこちらに向けてそう言った。
「あなたと勝負する必要性を感じられないのですが。」
勝負など出来る訳が無い。
戦える力が無いのは、自分が一番よく知っている。
形だけは完璧だがコスプレイヤーなのだ。
「俺には戦う理由がある!お前が居なければ俺が聖女様付き騎士だったのだ!」
なるほど、逆恨みか。
気持ちはわからんでもないが、とても迷惑である。
なんとか逃げる事は出来ないだろうか...。
考えを巡らせてみるが良い案が浮かばない。
そうこうしている内に相手の沸点を超えてしまったらしい。
「剣を抜け!男なら覚悟を決めろ!」
いや、そもそも男でもない。
弱い者虐めをするのは男らしいですか?と言えるものなら言ってやりたい。
結局逃げる為の理由も見つける事が出来ず、私は自分の剣に手を掛けゆっくりと鞘から抜いた。
キラリと剣が光る。
この剣はコスプレの小道具として用意したものだ。
当然、偽物だった。
...偽物だったはずなのに、この世界に来て抜刺してみるとどういう訳か本物になっていた。
これを異世界マジックと言えば良いのだろうか?
呼び方はどうであれ、本物になっていたと言うのが事実だった。
剣は本物だが、実力が無いのもまた事実。
だがここで逃げたら今度こそ自分は殺せれてしまうかも知れない。
聖女付きの騎士という地位が私を生かしていた。
「いくぞっ!」
考える時間など与えて貰えない。
相手は私が剣を構えると、迷う事なく突き進んで来た。
怖い..怖い、怖い!
本物の剣を手にするだけでも手が震えるのに、相手の殺気を真正面から受けている。
身体中から汗が流れる。
どうしたらいいか。
アニメの中で騎士が戦っている姿を思い浮かべる。
無理だ。
剣を持つ事さえ初めての自分に、あんな動きが出来る訳がない。
だがこのまま立っていても相手の剣をこの身に受ける事になる。
動かないと。
固まった足を無理やり一歩前へ出す。
すると先程頭に思い浮かべたアニメの騎士の様に身体が勝手に動いた。
小さい頃にサッカー選手を観て、自分もあんな風にサッカーがしてみたい。
そう思った事がある人も多いだろう。
だが実際にやってみると出来ない。
足も思う様に動かないし、ボールもいう事を聞かない。
何度も努力して出来る様になる者もいるが、サッカーボールに触れるのも初めての人間が見様見真似で出来る事などゼロに等しい。
それが現実だ。
だが今の私は、頭の中で描いた騎士の動きを完全に再現した。
頭の中のイメージに身体がピッタリと重なる感じ。
相手の剣を弾き、しかし自分の勢いも相手の勢いも殺さず。
くるりと回り、勢いのまま相手の背後に回ると目標を失った相手は勢いを殺す為に足を踏ん張った。
その隙に相手の首元へ剣の刃を当てる。
勝負は一瞬だった。
自分でも何が起こったのかわからなかったが、目の前の光景に勝敗が着いたのだと悟る。
相手の身体から力が抜けるのがわかる。
両手を上げると小さくまいったと一言だけ発した。
私は相手の首元から剣を離すと、鞘へ納める。
カタカタと震える手足を悟られない様に、必死に力を入れる。
しかし相手は魂が抜けたかの様にフラフラと去って行った。
相手の背中を見送ると、私は足早に自室へと向かった。
勝負には勝つ事が出来た。
でもどうやったのかわからない。
いや、どうやったかはわかる。だが何故それが出来たのかが理解出来なかった。
自室の扉を開け部屋に入ると、勢い良く扉を閉めた。
1人の空間に入って、やっと安心する。
足に力は抜け、ズルズルとその場に座り込んだ。
両手で自分を抱きしめる様にして摩る。
寒気がする。
自分が自分の知っている自分と違う様な気がして怖かった。
投稿初日でしたので、5話連続投稿しました。
次話からはまったりペースでの投稿を考えています。