デルヘンの聖女救出作戦 〜前編〜
アルに勇者選定を行った翌日。
日もまだ昇らぬ暗い時間に、私は寮を出た。
城の門の前にはすでにアルとセオン、先輩騎士が2人揃っていた。
「すみません、遅くなりました。」
「時間通りだ、問題ない。」
アルはそう言うと私にマントを渡して来た。
フード付きのマントを頭から被ると、ほぼ顔も見えなくなる。
「まさかコウが...いや、コウ様が聖女だったとは驚きました。」
「コウ...様が女だったとは...」
セオンに続き、先輩騎士達が敬語で話して来る事に苦笑してしまう。
「今まで通りお願いします。様も要りませんので。」
「だよな、コウはコウだよな。」
私の言葉に先輩騎士は歯を見せて笑った。
その様子に私は安堵する。
せっかく仲良く慣れたのだ、敬語に様付けなんて距離を取られたら寂しい。
「デルヘンへは5日から6日は掛かる。
急がないと間に合わないぞ。」
アルはそう言って馬に跨った。
それに倣うようにセオンと先輩騎士達も馬に跨る。
私も小さく頷きあぶみに足を掛けると、馬へと跨った。
騎士になると同時に馬へ乗る練習も行っていた。
騎士は遠征などで馬に乗る機会も多い。
1人で馬にも乗れないのでは話にならない。
私はアミーに乗せて貰っていた事もあり、比較的早くに馬に乗れるようになった。
今では早馬にも乗れる。
アルは全員が馬に乗ったのを確認すると、馬を走らせた。
アルを先頭に城下町を馬で駆け抜ける。
まだ暗い時間なので起きている者は少ない。
早くから起きているのはパン屋位だろうか?
パン屋の前を通り過ぎると微かにパンの焼けるいい匂いがした。
城下町を抜けると王都の門まで来た。
門番にも話は通してあるようだ、すんなりと門を開けてくれる。
ここから先は、アルが王子である事も私が聖女である事も隠さなくてはいけない。
ベーマール王国にいる内は途中の町や村で宿をとって休むが、デルヘンに入ったら野宿を強いられる。
私は手綱をしっかりと握ると、深く深呼吸をした。
この日は近くにあった町で宿を取る事にした。
王都からさほど離れていない町は、人も多く賑やかな町だ。
町の人々も笑顔が多く、旅人として訪れた私達を暖かく迎えてくれた。
途中、馬を休ませながらではあるが一日中移動した為、皆疲労の色が見える。
宿に馬を預けると各々、自分に割り当てられた部屋へと入った。
夕食の時間までまだあると言われたので、お風呂を済ませる事にした。
浴槽に浸かると暖かいお湯に疲れが溶かされていく。
アミーと違って硬い馬の背は、足腰に疲れが溜まってしまう。
私は自分でマッサージしながら僅かなリラックスタイムを楽しんだ。
お風呂から上がると、ちょうど夕食の時間になった。
宿の女将が部屋をノックし夕食を知らせる。
下の階に降りて食堂を見渡すとセオンの姿を見つけた。
「セオン様、早かったですね。」
セオンの向かいの席に座りながら声を掛ける。
セオンは柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「他の皆んなもすぐに来ると思うよ。
ここの町は料理が美味しいからね、夕食も楽しみだね。」
「セオン様はこの街に来た事があるんですか?」
「遠征途中何度か寄った事があるよ。
それより...」
セオンはグッと声を抑えると私に顔を近付けた。
「コウは聖女様なんだから、敬語や様付けはやめてよ。」
セオンは辺りに聞こえない様に小声でそう言うと、いたずらっぽく笑った。
聖女となった今はもう騎士ではなくなってしまうのだろうか。
セオンが上官ではなくなってしまう事が少し寂しい。
「努力してみま...努力するね。」
やはり慣れてしまった事もあり、中々敬語から直すのは時間がかかりそうだ。
セオンもそんな私に苦笑いすると、段々慣れていくよと言った。
テーブルに料理が並び始めると、アルや先輩騎士達がテーブルにやって来た。
とても美味しそうな匂いがする料理を、私は取り皿に移し食べ始める。
美味しい、セオンが言っていた通りここの食べ物は美味しかった。
皆、食べるのに夢中になって口数が少なくなっている。
一日中馬の上で、お昼も簡単にしか食べれなかった。
皆お腹が空いていたのだ。
あっと言う間に料理は皿だけを残して消えてしまった。
「やっぱりこの町は飯が旨いな。」
先輩騎士が満足そうに呟く。
「明日も早い、今日は皆早く休む様に。」
アルはそう言って立ち上がると、キッチンに向かってご馳走様と声をかけた。
セオンと先輩騎士達も立ち上がり自分の部屋へと戻って行く。
私もご馳走様でしたと声を掛けると、食堂を後にした。
部屋へ戻ってベッドに横になるが、中々寝付けない。
これからデルヘンで再会するであろうサクの事を考えると眠れなかった。
ベッドから起き上がり窓を開けると、ひんやりと冷たい風が入って来る。
町のあちらこちらで明かりが窓から漏れている。
サクは今、どうしているのだろうか。
そんな事を考えていると、隣の部屋の窓が開いた。
「眠れないのか?」
そう掛けられた声はアルのものだった。
隣り合った窓からは姿は見えない。
でも恐らく私が窓を開けたのを気遣って、アルは声を掛けてくれたのだろう。
「デルヘンの聖女の事を考えると、寝付けなくて。」
私は正直に話した。
アルには私が考えていた事がわかっていたのだろう。
そうかとだけ短い返事を返された。
少しの間、短い沈黙が流れる。
「大丈夫だ、何も心配する事はない。
勇者の俺と聖女のコウがいるんだ。
魔王と戦う力を持った者が、デルヘンの聖女1人助ける位訳ないだろ?」
アルの言葉に少し笑ってしまう。
魔王と戦う力は今回、関係ないだろう。
根拠はないのだろうが、大丈夫という言葉に少し心が軽くなった。
「アル様、ありがとうございます。」
「夜風は体を冷やす。
早く寝ろ。」
僅かに明るくなった私の声に気付いたのだろう。
アルはそう言って窓を閉めた。
私もそっと窓を閉めるとベッドに潜り込む。
シーツは冷やされてしまったが、心は暖まった気がした。
瞼を閉ざすとゆっくりと眠気が来る。
私はその睡魔に身を任せ、眠りに落ちた。




