聖女と勇者
聖女が召喚される理由の一つが、勇者の選定が出来る事だった。
昔は聖女が召喚されると魔王が復活すると知られていなかった為、魔王が復活しそうな時期に聖女を召喚していた。
その聖女に魔王特化がある勇者を選定させて、魔王を封印していたのだ。
つまり魔王を封印する為に優勢となる勇者を見つけるのが聖女の仕事になる。
魔王特化とは魔王に対しての攻撃力が格段に高くなる事を言う。
その威力は戦闘に長けた者3万人分とも言われている。
正確に測る術がない為、少々曖昧な表現のようだが魔王に対して強くなるのは確かだ。
この世界にいる全ての人の中から勇者を見つけるのだ。
それはとても大掛かりな仕事だった。
当然、勇者が見つからない事もあった。
しかし勇者が見つからずに魔王が復活しても、封印は出来る。
だた、勇者がいる時とは比べものにならない位、犠牲が多い。
勇者が居ない穴を人数で埋めて、魔王を封印するのだ。
だから勇者が重要になる。
元々強い者が選ばれる傾向があったが、勇者になっても増えるのは魔王特化だけだ。
勇者は魔王に対してだけ、強くなる力を得られる。
それ以外は勇者選定前と何も変わらない。
そして勇者選定は、聖女の口からその者が勇者である事を告げる事で成される。
聖女から勇者だと告げられると、勇者として目覚めると言う事だ。
その勇者が今、目の前にいる。
「今のが勇者選定か。」
私への説明を終えると、アルは呟くような小さい声でそう言った。
本来、勇者選定は国が行うような大々的なものだ。
それをこんなこじんまりを終わらせてしまった事に罪悪感を覚える。
「なんか...すみません。」
「いや、コウが悪い訳じゃない。
そもそもこの世界の事を知らなかったんだから仕方ないだろ。」
アルはそう言いながら自分のステータスを確認したようだ。
空中をぼんやり眺めているように見えるその様は、何とも言い難い。
ホントに勇者になっている呟きながら、空中にあちこち向けられる視線は側から見るとちょっと怖い。
「コウは自分のステータスを見て聖女だと気付かなかったのか?」
「そういえばコマンドは見た事がありましたが、ステータスは見た事がありませんでした。」
そう言って私はステータスを開いた。
確かに聖女と書いてある。
何故今まで気付かなかったのかと思うが、ステータスなんか余り開く必要が無い。
レベルはこの世界に存在しない為、ステータスなど一度確認すれば開く必要は無い物だった。
因みに前はアイテムボックスを開くのに一々コマンドから開いていたが、今はそれも頭の中で出来る様になった。
慣れると色々簡略化出来る物らしい。
「コマンドこそ開く必要がないだろ。
コマンドなんか魔道士達の備忘記録みたいなものだからな。」
アルは呆れたようにそう言った。
この世界ではコマンドから魔法を使うことは無いようだ。
いまだに自分が聖女だなんて信じられないが、アルが勇者なのは納得してしまう。
なにせアルが勇者なのは最初から見えていたのだから。
「コウ、デルヘンの聖女の事はわかった。
救出に向かうなら俺も一緒に行こう。
だが、その前に会って欲しい人がいる。」
「会って欲しい人...ですか?
わかりました。」
デルヘンにアルが一緒に行ってくれるのは心強い。
最悪、1人で乗り込むしか無いと思っていた。
それにしても、アルの合わせたい人とは誰だろうか?
「時間が惜しい。
今から一緒に来てくれ。」
アルはそう言って執務室の扉を開けた。
付いて来るように促され、私も執務室を出る。
「会わせたい人って誰ですか?」
「付いて来ればわかる。」
アルはそう言うと目的の場所まで迷う事なく進む。
私はそのアルの後ろを付いて行くしかなかった。
「アルフォエル様、本日はどのような...」
「父上は今、居るか?」
部屋を守る様に立っていた騎士の言葉を遮り、アルはそう聞いた。
アルは今、父上と言った。
城の中にある、この部屋の中にアルのお父様がいるというのだろうか。
入り口に護衛が付いている様な部屋の中に。
「いらっしゃいますが...」
コンコンコン。
戸惑った様な騎士はまだ何か言いたそうにしている。
しかしアルは気にする事なく、扉をノックした。
「アルフォエルです、失礼します。」
部屋の主の返事を待たずにアルは扉を開いた。
「返事位待てぬのか、アルフォエル。」
呆れた様にため息を吐いた部屋の主、それはこの国の国王陛下だった。
「こっ国王陛下!」
私の声に国王陛下は私へ視線を送って来る。
私は慌てて騎士の礼をとるが、国王陛下はそれを手を払う様にして制した。
止めろと言われてるのだろう。
私は姿勢を正すと、黙ったままアルの背中を見つめた。
「父上、聖女を連れて来ました。
後、俺が勇者になりました。」
アルの言い放った言葉に国王陛下の目が点になる。
どう考えても言葉が足りなさすぎる。
「ここに居るコウが聖女です。」
アルがそう言って私を紹介すると、国王陛下は今一度私へ視線を向けてその視線をアルへ戻した。
深いため息と共にアルに向けられた視線は、哀れみが篭って居る。
「遂に頭までおかしくはなったか。」
可哀想な者を見る様に国王陛下はアルを見ている。
「遂に頭までってどう言う事ですか。
今までもおかしく無かったし、頭以外にもおかしいところなんてありませんよ。」
「どう見ても騎士のその男を聖女と言ってる時点でおかしいだろうが。
しかも自分が勇者など、夢を見るのはやめなさい。」
全否定の上に、中々酷い言い草である。
そんな国王陛下の視線を受けて、今度はアルがため息を吐く。
「...わかりました。
コウが聖女である証明をすればいいんですね。」
アルはそう言って、腰に携えた剣を抜いた。
その剣の刃を掌に押し当ててゆっくりと引いて行く。
アルの左手からは真っ赤な血がポタポタと垂れた。
「っ!
アル様!何をしてるんですか!?」
私はアルに歩み寄ると真っ赤になった左手を握った。
そして治癒の魔法を掛けていく。
淡い光に包まれたアルの左手からは傷が消えていった。
傷が無くなるとアルは、誇らしげに国王陛下を見た。
「見たでしょ?
これが聖女の力、治癒魔法です。」
国王陛下の目が驚いたと言わんばかりに開かれている。
アルはフッと勝ち誇ったように笑ったが、私はそんなアルの両頬に手を当てると無理矢理こちらを向かせた。
「こんな事、もうしないで下さい。」
「傷は治せたじゃないか。」
当然の事のように言ってのけるアルに、両頬に添えた手に力を込めてしまった。
「傷は治っても、傷をつければ痛いじゃないですか。
アル様に痛い思いをして欲しくありません。」
アルは予想していなかった言葉だったのだろう。
目を瞬かせると、すまなかったと小声で囁いた。
その様子を見ていた国王陛下の口からほうと声が漏れる。
「今の治癒魔法、確かに聖女のものだ。
しかし、聖女とは男性でもなれるものなのか?」
国王陛下の言葉に沈黙してしまう。
何処から説明すればいいのか。
悩んでいる私に変わってアルが実はと話始めた。




