お弁当配達
今日は遠征訓練後、初のお休みの日だ。
私は今、寮の自室で魔法を駆使してお米を炊いている。
練習の甲斐もあって、何とか魔法で料理が出来るようになってきた。
遠征訓練中のアルのごはん発言を受けて、アルへのお弁当の差し入れを考えていた。
まさかあの場でごはん発言する程、ごはんを求めているとは思わなかったがまた同じ事があっては困る。
私はアルのごはん欲求を満たす為に、何とかお弁当を完成させた。
お弁当の中身は肉巻きおにぎりにした。
簡単におにぎりにしようと思っていたのに、肝心な具も海苔も無いことに気が付いた。
調味料は小百合の恩恵があった為、和食は案外作れた。
それ故の盲点だった、まさかおにぎりが作れないとは。
日本の恵まれた食卓では簡単に手に入った物が、この世界では見つけること自体が難しい。
私は苦肉の策として肉巻きおにぎりを作ったのだ。
他にはだし巻き卵やほうれん草のお浸しを入れた。
なんだか彩りが少なかったのでプチトマトを入れたが、決して手抜きのためでは無い。
残念ながらお弁当箱が存在しない為、器に詰めてそれをカゴに入れて持って行くことにした。
カゴを片手に城へと向かうと、すれ違う人々に振り返られた。
騎士の格好のままカゴを抱えるのは目立ってしまったようだ。
次回に向けて何か打開策を考えねばならない。
執務室の前に来ると、扉をノックした。
中からアルの声が聞こえる。
「失礼します、コウです。」
扉を開け、顔を覗かせるとアルは仕事中だったようで書類を眺めていた。
「どうした?何かあったか?」
呼び出されてもいないのに、私から執務室に訪れるのは珍しい。
アルは書類から顔をあげると、私を招き入れた。
「いえ、アル様にお弁当をお持ちしたのですが...」
「お弁当?」
聞き慣れない言葉だったのだろう。
アルに聞き返されてしまった。
「あの、遠征訓練の時に言っていたごはんをお持ちしました。
お昼がまだでしたら召し上がって下さい。」
アルにそう言うと、アルは遠征訓練の時か...と言いながら何故か遠い目をした。
何故遠い目をされたのかわからないが、私はカゴの中から出した器をテーブルへ並べる。
アルはその様子を見ながら席に着いた。
「いただこう。」
アルはそう言って器を覗いた。
私はアルと自分用にお茶を用意する。
お茶入れて戻ると、アルは苦笑いを浮かべていた。
「随分とでかい肉の塊だな。
で、肝心のごはんが無いようだが。」
アルの様子に思わず笑いそうになる。
確かにせっかく作って来た昼食にごはんが入っていなかったらガッカリだろう。
「アル様、ごはんはこの中です。
肉巻きおにぎりと言って、ごはんに肉が巻いてあります。」
私の言葉にアルは驚いた表情を浮かべた。
しかしごはんが入っていると聞いて、肉巻きおにぎりにフォークを刺すとそれにかぶり付く。
「コウの作る料理は相変わらず旨いな。」
口の中の肉巻きおにぎりを飲み込むと、またかぶり付く。
美味しそうに食べてくれるアルに満足気な視線を送った。
「ご馳走様。」
器が空になると、アルはお茶を飲み一息吐いた。
アルも久々のごはんに満足したように見える。
器をカゴに戻していると、扉がノックされた。
「失礼します。」
そう言って入って来たのはセオンだった。
「おや?コウは今日、休みだったのでは?」
「はい、アル様に昼食を届けに来ました。」
「昼食か、コウの料理は美味しかったからね。
今度、俺にも食べさせてよ。」
部屋の主を差し置いての会話をアルが咳払いで中断させる。
「セオン、なんの用だ?」
「こちらの書類の内容がわかる、資料を見せて頂きたくて。」
何やら難しい話が始まりそうだ。
私はタイミングを逃さないように撤退する。
「では私はこれで失礼します。」
そう言って立ち上がった私をアルが引き留めた。
「コウ、俺も書類を持って行く用事があったんだ。
途中まで一緒に行こう。
セオン、資料はこれだ。
俺は席を外すから、勝手に見ててくれ。」
恐らくこうしてセオンを1人、執務室へ残すのはよくある事なのだろう。
セオンは分かりましたと返事をすると慣れた様子で椅子に座り、資料をパラパラと捲った。
「では行こうか。」
アルが扉を開けて出て行くのに続き、私も執務室を出た。
数歩、歩いた所で正面からこちらに向かって来る人影に気付く。
ユリシアだった。
アルはユリシアに気付くと、私の手を引き執務室へ戻った。
「どうされたんですか?」
乱暴に開閉されたドアに驚き、セオンが声を上げた。
「ユリシアだ、セオン匿え。
それでなるべく早くユリシアを追い返せ。」
「ユリシア様ですか?
普段、あんなに仲がいいのに隠れる必要が?」
「話すと長くなる、とりあえず頼んだぞ。」
そう言うと、アルは再び私の手を引いた。
セオンは私を見ると、ああと何か納得したようだった。
アルがクローゼットを開くと同時に扉がノックされる。
私はアルに抱き締められるようにしてクローゼットの中に入った。
クローゼットの中は服は少なかったが、人が入るにはどう考えても狭い。
アルと必要以上に密着してしまい、体が熱くなるのを感じた。
「ユリシア様、今、アル様は席を外されているんです。」
執務室へ招き入れたユリシアに、セオンはそう言った。
「そうなのね。
では待たせて貰おうかしら。」
ユリシアはそう言うと椅子に座ったようだ。
椅子を引く音でそれを察する事が出来る。
このまま居座られるのはマズい。
アルも同じ事を思ったらしく、私を抱く腕に僅かに力が籠る。
思った以上に逞しいアルの胸から、ドキドキ早い鼓動が聞こえた。
「アル様が戻られるまで、時間が掛かってしまうかと。
先程出られたばかりですので。」
「そう。」
セオンがユリシアを追い出そうとしているのが伝わるが、ユリシアはまだ部屋から出る気は無いようだ。
アルの鼓動につられるように私の鼓動も早くなる。
熱くなった顔を少しでも冷ますように身動ぐと、持っていたカゴが小さな音を立てた。
「何の音かしら?」
すぐにユリシアが反応する。
これは非常にマズい。
ユリシアが立ち上がる音がする。
こちらに向かって来る足音に更にドキドキと心臓が早まった。
「きっとネズミですね。
先日も出たとおっしゃってましたし。」
セオンの言葉に足音が止まる。
ネズミ...小さく呟いたユリシアの声には恐怖の色が感じられた。
「じっ、時間が掛かるのでしたら出直しますわ。」
ユリシアはそう言うと慌てて執務室から出て行った。
アルと2人、クローゼットの中で深く息を吐く。
するとクローゼットの扉が開けられた。
「セオン、助かった。」
クローゼットから出たアルが礼を言う。
私もそれに続きクローゼットから出た。
熱くなった顔を手団扇でパタパタと扇ぐ。
「2人とも顔が赤いようですが、そんなに暑かったんですか?」
純粋にそう聞いて来るセオンに、慌てて肯定の意を示す。
結局何だか気まずくなって、アルとは別々に執務室を出た。




