遠征訓練(アルフォエル視点) 〜後編〜
完成した夕食を前に、騎士達の目が輝いているのが分かる。
あちこちから腹の虫が鳴く音が聞こえた。
皆に食事が行き渡ると各々食事を始める。
トマトのスープを一口口に含むと、旨さと暖かさが口いっぱいに広がった。
スープも豚肉も旨い。
「やはりコウを調理係にして正解だったな。」
そう言った俺の言葉にコウは微妙な顔をしながらも、少し嬉しそうだった。
何故微妙な顔をしたのかはわからなかったが、自分の料理が好評だった事は嬉しかったようだ。
ここでふと思い出す。
「狩りの1番を決めてなかったな。」
コウが収納袋から熊の首を出した時点で、1番など既に決まっていた。
騎士達もそう思っていたようで、そう言えば言ってなかったな程度の反応だった。
だが、やはりキチンと言葉にはしなくてはいけない。
コウとセオンのチームが1番ということで、誰もが納得した。
食材も料理もどちらもコウへの感謝は大きかったのだろう。
騎士達は口々にお礼を言い、狩りの結果を称賛しながら食事を終えた。
テントで1人でいると、何やら外が騒がしくなった。
何事かと聞き耳を立てると、コウは俺のテントだと騎士達が言い合っているのが聞こえた。
それにコウの声が混じっていない所を見ると、騎士達が勝手に言い合っているのだろうと想像がつく。
「遠征訓練はどうもむさ苦しくなるからな。
男臭くないコウが一緒の方が、テントも我慢できる。」
そんな騎士の言葉が聞こえて来たが、妙に納得してしまった。
その後も続く騎士達の無駄な言い争いに俺はテントを出ると、コウを見た。
オロオロと事の成り行きを見守っている。
本当にどこまでも話題の中心にいる男だ。
「何の騒ぎだ、騒々しい。」
俺が不機嫌そうに言うと、辺りは一瞬にして静かになった。
「あの...コウが誰と一緒のテントで寝るかを、奪い合っていた様です。」
テントから聞き耳を立てていたから知ってはいたが、セオンがそう答える。
心底くだらない揉め事だと思うが、このままコウを放っておく訳にはいかない。
「コウ、お前は俺のテントに来い。」
俺がそう言うと、全員が俺を見た。
コウは純粋に驚いているようだが、先程まで言い争っていた騎士達はそれと同時にやられたという視線を送ってくる。
その後も、いやでも等と食い下がろうとするので命令だと言ってやった。
お前らどんだけコウと同じテントになりたいんだよ。
その後は見張りの順番を決めていた。
コウは朝一の担当になった。
これまでの活躍を考えるとコウは見張りをしなくてもいいと思うのだが、新人騎士である以上それは難しかった。
それに朝食の準備も兼ねてとの事だったので、何も言わずに事の成り行きを見守った。
やはり飯は旨い方がいい。
コウがテントへ入って来た。
夕食も食べたし見張りも決めたので後は寝るだけだ。
コウが自身へ洗浄魔法をかけているのを羨ましそうに見ていると、俺にも洗浄魔法をかけてくれた。
やはり魔法は便利だと思う。
毛布を掛け横になったコウからすぐに寝息が聞こえ始めた。
森での生活が長かったとは言え、今日は疲れたようだ。
なんだかんだでいつも話題の中心にいるよな、と思いながらコウの寝顔を眺めた。
そこで先程の騎士の言葉を思い出してしまう。
...確かに男臭く無い。
女かと聞かれるとやはり男に見えるが、整った中性的な顔をしていると思った。
薄いテントの壁から焚き火の光が透け、ぼんやりとコウを照らしていた。
ふとコウの唇に目が留まり、ドキリと鼓動が跳ね上がった。
何をしたらこんなに艶々と潤うのだろうか?
暗い中で薄ぼんやりと輝くコウの唇に目が釘付けになってしまった。
ゴクリとなった自分の喉に正気を取り戻す。
慌てて視線を逸らすのと同時に、コウがうーんと小さく唸って寝返りを打った。
その拍子に起きた微かな風が、俺の鼻にコウの匂いを届ける。
ふわりと鼻腔をくすぐった甘い匂いに俺はさらに鼓動を早めた。
言う事を聞かない自身の思考と鼓動をなんとか落ち着かせようと、毛布を深く被る。
コウは男だと何度も自分に言い聞かせ、何とか落ち着きを取り戻そうとするがそれは難しかった。
コウが寝返りを打つ音がする度に、ドキリと高鳴る胸を深呼吸で落ち着かせる事を何度も繰り返しているうちに朝を迎えてしまった。
テントの外からコウを呼ぶ声がして、コウの見張りの時間が来たのだと分かった。
コウが小さく返事をしてテントから出て行く。
俺はやっと落ち着きを取り戻し、睡眠を手に入れた。
1時間は眠れる。
夜の間ずっと眠れずにいた俺は、一瞬で意識を手放した。
「アル様、起きて下さい。
朝食の時間です。」
セオンの声が聞こえて重たい瞼を開く。
あっという間に1時間は過ぎてしまったようだ。
気怠い体を毛布から引き剥がすとテントから出た。
セオンが心配そうにこちらを見ているのに気付き、大丈夫だとだけ言った。
朝食は既に出来ているようだ。
まだ眠そうな顔の騎士達が、朝食を求めてコウの元へ群がっている。
俺も食事を受け取り、焚き火の側へ腰を降ろすとスープを一口飲んだ。
優しい味のスープが体に染み渡る。
サンドイッチへ手を伸ばし食べ始めると、コウが話しかけて来た。
「あの...アル様、疲れてません?」
その声に大丈夫だと答えるのだ精一杯だった。
昨夜の事を思い出してしまい、コウの顔をまともに見ることが出来ない。
俯きながらモグモグと食事を進めると、お茶を差し出された。
コウがすまなそうな顔を向け、お茶を渡してくる。
俺の睡眠不足の原因が自分だと悟ったらしい。
俺はコウからお茶を受け取ると、ゆっくりと飲んだ。
今回の遠征訓練も無事終わりを迎えた。
成果も上々だったが、問題も浮上した。
やはり強い魔物の出現確率が高い。
今後はもっと遠征訓練を増やし、実戦を積んだ方がいいだろう。
魔物のレベルに合わせて、騎士達も強くならなくてはならない。
俺自身も含めて強くならなくては、そう思った。




