遠征訓練(アルフォエル視点) 〜中編〜
そろそろ狩りの終了時間だ。
暇を持て余していた俺が野営地をフラフラ見て歩いていた所にコウとセオンが戻って来た。
俺はコウが背負っている収納袋を見て、顔を引きつらせた。
結構大きめの収納袋を持たせたはずなのに、袋から何かの足が飛び出している。
顔を引きつらせたままの俺の元へ、セオンが急ぎ足でやって来る。
「おい、どう言う事だ?」
「ああ、あの足ですか?
それよりもヤバい物が袋に入ってますよ。」
さらに恐ろしい事を言って来るセオンから目を逸らし、コウが降ろした袋を凝視した。
「以前、アル様を襲ったのと同じ熊の魔物が出ました。」
「何!?」
被害を想像し、慌てた俺をセオンが静止した。
「俺が到着した時には既に、倒された後でした。
その場にはコウ1人でしたし、どうやったのかは知りませんがコウ1人で倒したようです。」
「アイツはまた...規格外の事を。」
「俺も同じような事を言いましたよ。
で、コウが無かった事に出来ないかと言ってきたので、無理だと言いました。」
そりゃそうだろうと思う。
俺はため息を吐きながら、セオンに話の続きを促す。
「コウが目立ちたくないとの事だったので、俺とチームを組んで倒したという事にしました。
その魔物の首が収納袋に入っています。
胴体はその場に置いたままなのですが、アル様にどうしたものか相談しようと思いまして。」
俺は何度目かわからないため息を吐いた。
コウが目立つなど、今更の話だ。
騎士試験も然り、夜色の騎士だとか本人が気付いていなくても目立っている。
だが今はそれよりも熊の魔物だ。
そもそも熊の魔物にこんな頻度で会う事自体がおかしい。
魔物とは本来、普通の動物や植物が変異して生まれるものだ。
動物には魔核と呼ばれる物が体の中に存在し、それが魔王の復活により影響を受けて魔物へ変異するらしい。
魔核は弱い者の方が影響を受けやすく、聖女召喚から魔王復活にかけて段々と強い動物が影響を受けるようになる。
その為騎士や兵士、冒険者などは少しずつ戦いに慣れていく事が出来るのだ。
今はまだウサギなどの小動物からヒツジや鹿などの中型の動物が影響を受けている段階なので、熊などの魔物は数が少ない筈だった。
なのにこの辺りで既に2匹目となる、熊の魔物が現れたのだ。
これはあまりいい傾向ではない。
因みに魔核が影響を受けるかどうかは個体差がある。
全ての動物が魔物になる訳ではなく、同じ動物でも魔物になってしまうものと動物のまま生涯を終えるものがいると言う事だ。
植物に魔核が存在するのか不明だが、植物が魔物に変異する事もあるから恐らく存在するだろうと言われている。
魔核だが動物が魔物に変異すると同時に、魔石へと変わる。
魔物素材の中で特に高値で取引されている魔石だが、元々が魔核である事を知っている者は意外と少なかった。
人間の体にあると言われる魔法核と魔核は別物らしい。
これまで人間が魔物、魔人になった事はない。
その為、魔法核と魔核は別物として考えられている。
俺が色々と思いを巡らせているうちに、騎士達は集合したようだ。
何やら吠えていた奴らがいたが、それもコウの袋の中を見たら黙るだろう。
「コウ、お前はセオンと一緒っだったな。
袋を開けてみろ。」
コウが袋の中を取り出すと、騎士達が息を飲んだ。
そうだ、これが普通の反応だ。
当然の様に倒して後処理に困る何て、本来は起こらないのだ。
セオンといくつか言葉のやり取りをして、役割を分担させる。
コウはセオンと共に行こうとしたが、この場に残らせた。
どうもコウが動くと何か起きる。
熊の魔物の首がもう一つ増えるなど、あってはならない。
コウには夕食の準備を任せて、セオンには残りの騎士の半分を連れて熊の魔物の胴体の処理に向かわせる事にした。
騎士達が夕食の食材を取って来るのを忘れたのは、正直計算の内だった。
その為、時間には余裕を持たせていた。
今から食材を集めに行っても間に合う位、時間には余裕がある。
褒美を用意すると、狩りに夢中になって忘れる事はよくある話だった。
よくある事ではあるが、あってはならない事だ。
俺は騎士達を戒める為に、一睨みした。
それだけで俺と目を合わせる騎士は居なくなる。
これは鍛錬を課して鍛え直さねばと思った所で、コウが口を開いた。
「あの...アル様。
食材でしたら、私とセオン様で集めましたので。」
そう言ってもう一つの収納袋から食材を取り出した。
...コイツはどこまで有能なんだ?
そんな事を思っていると、他の騎士達が安堵するのが伝わってくる。
コウも他の騎士達を助けるつもりで言ったのだろう。
それならコウに免じて、騎士達を見逃してやる方がいい。
「...お前達、コウに感謝するんだな。」
俺がそう言うと、騎士達はコウに羨望の眼差しを向けた。
コウはそれに気付いているだろうに、気付かないフリをしているのが面白い。
俺はそんなコウや騎士達の様子を見ながら指示を出した。
セオンは騎士達を連れて熊の魔物の胴体の処理に向かい、コウは食事の準備に入る。
俺は残された騎士達にテント設営の指示を出しながら、辺りを見回った。
ここにある魔物の解体もテントの設営も順調だ。
セオン達が戻って来た頃には、なんだかいい匂いがして来た。
コウが作っている夕食も完成が近いのかも知れない。
俺はコウの様子を見に行った。
「いい匂いだな。」
コウの背後に立ちそう言うと、コウは振り向いた。
他の騎士達もこの匂いが気になる様で、ソワソワし始める。
そういえばコウは料理も得意だったなと思い出した。
小屋にいた頃は毎日コウの料理を食べさせて貰っていた。
食べた事のない料理も多かったが、それらも含めて美味しかったのを覚えている。
そういえばと思い、コウに声を掛けた。
「今日はごはんは無いのか?」
思い出したまま口に出してしまった。
すると勢いよくこちらを見たコウと視線が合い、思わず後退りをしそうになった。
すごく睨まれている。
こんな視線を人から向けられたのは初めてだった。
何も言うなと目で言われているのが分かると、おもわず口からすまんと一言溢れていた。
何事も無かったかの様に料理へ戻ったコウに、気付かれない様に息を吐く。
ドキドキと早まった鼓動を悟られない様に、その場を去った。
目で殺されたのは初めての経験だった。
自分の部下に対して思う事では無いかも知れないが、コウを怒らせてはいけないと思った。




