聖女付きの騎士になりました
「コウ!いまから聖女修行に行くから付いてきて!」
中庭にいた私を聖女が呼んだ。
「わかりました、すぐ行きます。」
聖女召喚から一週間が経った。
私はなんとか生きている。
と言っても命の危機があったのは召喚されたあの時だけだ。
聖女の護衛ということで側には居るが、今のところ特に聖女が狙われるという事もなかった。
護衛...本来なら自分が任されるようなものではないだろう。
格好だけのコスプレイヤーに護衛など務まる筈もない。
それがバレずにここまで来れたのは、護衛としての仕事がないからと言えるだろう。
「私はお役に立ててるのでしょうか?」
「コウは側に居てくれるだけで良いんだよ。」
聖女は私の腕に自分の腕を絡めると、そのまま歩きだした。
私は今、コウと呼ばれている。
なんとなくだが聖女と同姓同名だということは黙っていた方がいいように思えた。
名前を聞かれた時、咄嗟にコウだと答えた。
コウは私がコスプレイヤーとして使っている名前だ。
桐生 咲紅から一文字とって紅。
すぐに答えられたのがその名前だった。
魔法陣のある、最初に私たちが召喚された場所に辿り着く。
聖女修行はここで行われていた。
毎日見せられているが、正直何をやっているのかイマイチ理解できない。
召喚の時にいたローブの男に聖女は魔力がどうとか、治癒がどうとか教えられているが彼女自身も理解しているかわからなかった。
聖女が何の為に召喚されたのかもわからない。
修行と称して訳のわからないわからないことを聖女はさせられているが、目的もわからない。
なので最終的にどうなれば聖女の仕事が終わるのかもわからなかった。
果たして自分は元の世界に帰れるのだろうか。
聖女の修行とやらをボーッと眺めながらそんな事を考える。
それについてはなんとなく答えは出ていた。
きっと元の世界には帰れないだろうと。
召喚された時、巻き込まれたと思われる自分は殺されそうになった。
帰せるなら帰してしまえば済む話だ。
だが殺そうとした。
それはつまり帰せないから至った究極の結論なのだろう。
召喚に巻き込まれ、要らなかったから殺す。
巻き込まれた側にとっては堪ったもんではない。
今、自分が生きているのはあの時聖女が守ってくれたおかげだ。
聖女には感謝している。
「はぁ、やっと終わったよ。」
あまり成果があったようには思えない修行だったが今日は終わりらしい。
聖女はすぐに私の元に来ると、疲れたと言ってペタンと座った。
「聖女様、お疲れ様でした。」
そう言って微笑み掛けると聖女は、頬を赤らめ笑顔を返した。
...この顔は知っている。
学校で女の子達から向けられた目と同じだった。
聖女は私の事を完全に男だと思っている。
本当は女だと言ってしまおうと何度も思った。
だが言えずにいる。
聖女が必要としているのは男としての自分だ。
女だと言ってしまうのが怖かった。
「部屋に戻ろ、お風呂入りたい。」
聖女はそう言って手を差し出す。
私はその手を取り、聖女を立ち上がらせた。
その行為に聖女は満足そうにする。
来た時と同じように私の腕に自分の腕を絡めると、城へ向かって歩いた。
聖女は当然の事ながら、聖女の護衛の私にも一室部屋を与えられていた。
殺そうとしていた割に、護衛になった途端だいぶ待遇がよくなった様に思えた。
おそらく聖女の機嫌を損ねないようにの配慮だろう。
部屋へ入り1人になると、私はアイテムボックスからキャリーバッグを取り出した。
このキャリーバッグは私が召喚された時に、友人宅へ行く準備をしていた物だ。
どうやら一緒に召喚されたらしい。
召喚された私の近くに転がっていた。
キャリーバッグなんかないであろうこの世界では持って歩くにも目立ってしまう。
この部屋に初めて入った時に、このままこの部屋に置きっぱなしにしては珍しがって盗まれるかもしれないと思った。
どうしたものかと悩んでいたところ目の前にゲームなんかでよく見るウィンドウが現れた。
初めて異世界らしい物に触れた。
ウィンドウを見ているとアイテムボックスの文字が目に入る。
指先でその文字に触れてみるとウィンドウの左辺りに、片手が入りそうな位の大きさの真っ黒な空間が出来た。
これがアイテムボックスだろうか?
試しに近くにあった椅子を近づけてみる。
どういう原理かはわからないが、椅子が吸い込まれるように消えていった。
ウィンドウに目を向けると『アイテムボックスに椅子を収納しました』の文字が。
もう一度アイテムボックスをタップすると中に収納されている物だろう。『椅子』と書いてあった。
今度はそれをタップする。
すると目の前には先ほど収納した椅子が出てきた。
これなら人目に付かず持ち運べる。
私はキャリーバッグをアイテムボックスへと仕舞い、持ち運ぶ事にした。
キャリーバッグの中にはコスプレ衣装が数着と、ウィッグ、メイク道具、ソーイングセット、後は泊まるのに必要そうな物が入っている。
私はその中から女性キャラクターの衣装を取り出した。
友達にこれを見せるのを楽しみにしていたのに。
そう思うとため息が漏れた。




