遠征訓練 〜No5〜
「...コウ、時間だ。
交代の時間だ。」
テントの外から遠慮がちに声を掛けられる。
アルを起こさないように気を使って声を掛けたのだろう。
私も小声ではいと返事をした。
アルの方を見てみるとまだ寝ているようで、こちらに向けられている背中は呼吸に合わせて規則正しく揺れている。
私はアルを起こさないように静かにテントから出た。
空は黒から白へ色を変え始め、夜明けが近い事を知らせる。
テントから一歩外へ出ると、冷やされた空気が頬を撫でた。
「おはようございます。」
先程起こしに来た騎士に声を掛ける。
まだ眠そうな騎士は大きく欠伸をしながら、おはよと言った。
焚き火の側に行くともう1人の騎士が既に腰を下ろしている。
こちらも眠そうに目を開けたり閉じたりしていた。
焚き火に手をかざし、指先を温めると辺りを見渡す。
夜の内に魔物が入って来ないように、魔物除けの結界を張っていたがそれが効いていたのかも知れない。
野営地に魔物が入り込んだ形跡はなかった。
私以外の見張りの騎士2人は座ったまま腕を組み、舟を漕いでいる。
結界の効果で魔物が来ないのなら、起こす必要も無いだろう。
私は朝食を作り始めた。
昨夜、寝る前に仕込んでいた物を確かめる。
美味しそうに出来上がっているのを確認すると、それを取り出し包丁を入れた。
仕込んでいた物、それは豚バラ肉だ。
塩漬けして乾燥させた...少しだけ魔法を使ったが、それを焚き火で燻製にしたベーコンを作っていた。
それと昨日の狩りの時に見つけた卵を使って、朝食を作る。
ダチョウの卵位の大きさがあるが、セオンは食べられると言っていた。
昨日の鶏ガラと野菜クズを使って出汁をとり、それに塩胡椒で味付けする。
溶いた卵を流し入れ、カリカリに炒めたベーコンを入れてスープを作った。
具材は少ないが、出汁の効いた優しいスープが出来た。
後はサンドイッチを作る。
巨大な卵はスープに僅かしか使わなかったので、それで卵焼きを作る。
パンに卵焼きとベーコンを挟んで、昨日のトマトスープの味を濃くして煮詰めたソースをかけた。
昨日のトマトスープはソースにする予定だったので、食い尽くされる前に確保して置いた。
空っぽになった鍋を見た時、それが正解だったと胸を撫で下ろした。
それと、残っていたフルーツを煮詰めてジャムを作った。
サンドイッチは卵焼きベーコンとジャムの2種類用意した。
完成する頃には他の騎士達も目を覚ました。
先程までの澄んだ冷たい空気も、段々と暖かくなっていく。
皆が揃うと朝食となった。
ふと、焚き火の側でサンドイッチを食べているアルが目に入る。
「あの...アル様、疲れてません?」
目の下には薄っすらと隈も見える。
眠れなかったのだろうか?
「いや、大丈夫だ。」
心なしか声にも覇気が無い気がする。
だが、大丈夫と言われてしまうと、それ以上何も言えなくなってしまった。
もしかしたら、自分がテントにお邪魔したことによって睡眠を妨害してしまったのかも知れない。
今まで当然一人でテントを使っていたのだ、他人がいる事で眠れなかったのだろう。
そう思うと、申し訳なさが出て来る。
私はせめてもの謝罪を込めて、アルにお茶を差し出した。
「ああ、ありがとう。」
お茶を受け取ったアルはそれを少しずつ飲んでいく。
ほぅとため息の混じった息を吐くと、少しだけ顔色が良くなったように感じた。
「そろそろ戻る準備を始めるか。」
皆が朝食を食べ終わった頃合いを見て、アルが言った。
アルの言葉に周りの騎士達を見渡したが、皆アルと同じように寝不足のように見えた。
夜間の見張りもあって、十分に眠れた者の方が少なかったのだろう。
欠伸を噛み殺している者や、目を擦っている者が多かった。
そんな中、ぐっすりと熟睡していた自分の方が図太いのかも知れない。
その事実がなんだか恥ずかしくて私は鍋や食器を持つと、テントの撤去を行なっている騎士達から離れて1人洗い物をしに川へと向かった。
冷たい川の水が、少し辛かったが黙々と洗い物をしていく。
洗い物を終えて皆の元へ戻ると、すっかりテントの撤去は終わっていた。
私が慌てて鍋や食器を荷馬車に積むと、前にユリシアの護衛をしていた騎士と目が合った。
そういえば前回は話の途中だった気がする。
私は護衛だった騎士に話しかけようと近づいたが、目を逸らされ距離を取られてしまった。
なんだろう、自分は何か避けられるような事をしてしまったのだろうか。
露骨に避けられているのがわかるのに、それを気にせず話しかける神経は持ち合わせていない。
私は護衛の騎士と話すのを諦め、帰還準備を進めた。
隊が帰路に着き始めると、私は魔物除けの結界を解除した。
来た時と同じように列を作って歩き出すと、さすが騎士と言ったところか。
朝の眠そうな様子は既に見られなかった。
今回の遠征訓練の成果は上々だったようだ。
荷馬車に積まれた魔物素材の量がそれを物語っている。
だがそれは、魔物が増えているのだという証明にもなった。
今後はもっと遠征訓練が増えるかも知れない。
いつか魔王が現れた時、自分も魔王の封印部隊となる可能性がある。
私はその時までにもっと強くならなくてはいけない、そう思った。




