遠征訓練 〜No3〜
足の飛び出した袋を背負った私を見て、アルは頬を引きつらせた。
セオンはアルの元へ行き、2人で何か話し出す。
きっと私が最初に倒した熊の魔物の事を話しているのだと思う。
アルの目は私が置いた袋に釘付けだ。
既に約束の3時間は経とうとしている。
狩りを終えた騎士達が次々帰って来ては私の横にある袋を見て、ギョッとしていた。
「どうやら、俺達が1番のようだな。」
最後に来た騎士達が袋をどさりと2つ置くと、勝ち誇ったように辺りを見渡した。
一瞬私の横にある袋に目を止めたが、自分達の袋と見比べ口元にニヤリと笑みを作る。
「全員戻ったか。
それでは狩りの成果を見せてもらおう。」
アルの言葉に騎士達が袋の中身を出す。
そのほとんどがウサギや猿、さらに小さい物だとネズミやカエルの魔物達だった。
そんな中、最後に来た騎士達が誇らしげに袋の中を取り出す。
ウサギの他にやや大きめのヤギとヒツジの魔物が入っていた。
「運が良かったぜ。
コイツらが縄張り争いで戦ってたからよ、漁夫の利してやったんだよ。」
「ホント運が良かったよな。」
「まぁ、運も実力のうちってやつだ。」
楽しそうに笑う騎士達を他の騎士達がイライラしたように見ている。
だが不正では無い。
それがわかっているからこそ、誰も何も言わずにいた。
「コウ、お前はセオンと一緒だったな。
袋を開けてみろ。」
騎士達の様子を気にする事なく、アルにそう言われた。
セオンに視線を向けると軽く頷かれたので、袋の中身を出す。
「ヒッ!」
目の前に転がった熊の魔物の首に、先程まで楽しげに笑っていた騎士が小さな悲鳴を上げた。
他の騎士達も息を飲んだのがわかる。
辺りの空気が一瞬にして冷たくなった。
「セオン、あれか。
首しか持ち帰れなかった魔物は。」
アルは魔物の首に近付くと、しゃがんでそれを観察する。
「ええ。
流石に2人では運べなかったので、胴体は置いたままです。」
青い顔のまま動く事もできない騎士達をよそに、セオンとアルはさらに話を続けた。
「荷馬車で行けるか?
流石にあの首が付いていた魔物を持って来るのはしんどいだろう?」
「木の間隔が狭かったので難しいかと。
現地で解体してバラバラに持って来るのが最良と思います。」
「そうか。
ではセオン、ここに居る者の半分を連れて行ってくれ。」
辺りが呆然としている中、あの魔物をどうするか結論が出たらしい。
「でっでは私も行きます!」
一歩前へ出て私はそう言った。
そもそも自分が引き起こした事だ。
他人に丸投げでは気が引ける。
アルは私の言葉に立ち上がると、真っ直ぐに私を見た。
「いや、コウはここに残って夕食の準備をして貰いたい。
各自、集めた食材はコウの元へ持って行くように。」
アルの言葉に騎士達はますます顔を青ざめた。
それを見逃さなかったアルは低い声を出す。
「まさか魔物狩りに夢中になって、食料の調達を忘れたとは言わせないぞ。」
アルが言った事は図星だったのだろう。
誰もアルを見ようとしない。
恐ろしくて見れないのだ。
アルに視線を送られて、今にも震え出しそうな騎士達の姿に居た堪れなくなる。
「あの...アル様。
食材でしたら、私とセオン様で集めましたので。」
私はそう言って、元々セオンが持っていた収納袋から食材を取り出した。
鳥と豚、キノコや果物、香草もある。
それに自生した野菜もあったので、にんじんやトマトもあった。
パンと最低限の調味料は荷馬車に積んであったのを見たので、この位の人数なら十分間に合うだろう。
「...お前達、コウに感謝するんだな。」
アルのその言葉に騎士達が息を吐いた。
相変わらずピリピリした空気を纏ったアルを誰も見ようとしないが、私へは羨望の眼差しを送ってくる。
私はその視線に気付かないフリをした。
「ではセオンは半分を連れて解体へ向かえ。
残りの者はテントの設営と、ここにある魔物の解体。
コウは夕食作りへ専念してくれ。」
アルの言葉に騎士達が返事をする。
バラバラと皆んなが動き始めたタイミングで、セオンに話しかけた。
「セオン様すみません、お任せするようになってしまって。」
申し訳無さそうにする私の頭をセオンはポンポンと軽く叩いた。
「気にしなくていいよ。
夕食作りも立派な仕事だ。」
そう言って笑ってくれたセオンの背を見送る。
私はそんなセオンの為にも美味しい物を作ろうと、気合を入れた。
川で汲んできた水ににんじんやキノコ、鶏肉を入れる。
トマトは潰してジュースのようにした。
集めた枝を薪にして魔法で火をつける。
材料に火が通ったらトマトジュースや塩胡椒などを入れて味を整えた。
チキントマトスープの完成だ。
豚は塩胡椒で下味を付けて細かく刻んだ香草をまぶしてから焼いて、果物で作ったソースを掛ける。
いい匂いがして来た頃に、周りの騎士達の腹の虫が鳴いた。
「いい匂いだな。」
振り向くとアルが立っていた。
やはりアルは、食べ物の匂いに釣られやすい。
「もう少しで完成です。」
「そうか、さっきセオン達も戻って来た。
テント設営も魔物の解体も終わりそうだから、すぐに食事に出来るだろう。」
私はアルにわかりましたと伝えると、鍋をかき混ぜた。
「ところで。」
どうやらアルの話はまだ終わらないらしい。
私は再びアルの方へ向き直る。
「今日はごはんは無いのか?」
アルの言葉にギョッとする。
何故ここでそれを言うのかと。
私はこれ以上言わないように懇願するような視線をアルに送る。
それはアルにも伝わったらしく、アルはハッとした表情をすると私にだけ聞こえる位の小声ですまんとだけ言った。
辺りにいる騎士達もアルの発言より鍋の中の方が気になるらしく、私とアルを見ている者はいない。
私はふぅと息を吐き、鍋に意識を向けた。




