デルヘンの聖女の噂
鍛錬場では今日も基礎体力作りの走り込みや筋力トレーニングを行なっている。
身体強化のおかげでついて行けてるが、コレを魔法無しで行なっている騎士達は本当に凄いと思う。
こんな鍛錬を毎日のように行っていたら、自分もいつか筋肉ムキムキになってしまうのではないかと心配していたが今のところそんな事もない。
身体強化魔法を掛けていると、体への負荷が小さいせいなのかも知れない。
「コウはこんなに小さいのに、よくついて来られるな。」
先輩騎士が私の頭を撫でながらそう言う。
女性にしては高い身長だが、男性にしてみるとそこまで大きい方ではない。
まして騎士になった者達は背も大きくがっちりしている人達が多かった。
この身長になってから小さいなど初めて言われたので、嬉しくて口元が緩んでしまう。
その口元を汗を拭うフリをして、手の甲で隠した。
「それにコウは細いからな。
ちゃんと飯を食ってるのか?」
腕を持ち上げられ、二の腕を触られる。
男同士だと思っている騎士に悪気は無いのはわかるが、私にとっては過剰なスキンシップだ。
「もう、やめて下さいよ。
ちゃんと食ってますって。」
ドキドキと早まる鼓動を悟られないように、少し怒ったフリをする。
先輩は悪い悪いと笑いながら、私の背中を叩いた。
因みにだが、私は胸を隠す為にベストを着て胸を押さえている。
漫画に出てくるような爆乳でも男の目を奪うような巨乳でも無いが、まな板でもない。
標準サイズだと思っている。
胸を完全に潰すのでは無く、抑える程度で済んでいるのはウエスト周りに巻いているタオルのおかげだ。
元々、男装コスをする時にはこのベストを使っていた。
男性にしては胴が細すぎるので、タオルを巻いて胸との差を埋めそれをベストで抑える。
こうする事によって締め付けによる苦しさは和らいだ。
それにこの国には夏のような暑い時期が無い。
寒い時期はあるが一年を通して比較的過ごしやすい気候のおかげで、こんな厚着でも苦労せずに過ごせている。
この世界に来た時既に、騎士のコスプレをしていたのでこのベストは着用済みだった。
決して私がまな板だから気付かれなかったのではない。
改めて言うが、私は標準サイズだ。
「しかしコウは女みたいに細いな。」
先輩騎士のその言葉にドキリとする。
遂にバレてしまうのかとぎこちない表情で先輩騎士の顔を見た。
しかし、まぁそんな訳無いけどなと笑う先輩騎士に安心したのと同時に、女である疑いを一瞬で晴らされた事に複雑な思いをした。
「そういえばさ。」
私と先輩騎士のやり取りを他人事として見ていた、もう1人の先輩騎士が口を開く。
この2人の先輩騎士達は同期らしい。
2人が一緒にいるところをよく見るので、仲が良いのだと思う。
「デルヘンで召喚された聖女の噂、知ってるか?」
聖女という言葉にドキリとする。
明確に誰に話し掛けたかはっきりしていないので、私は口を閉ざし様子を見た。
「噂って?
召喚されたのは確実だろうけど、他に何かあったのか?」
先輩騎士同士の会話になったので、そのまま耳を傾ける。
「それが偽物だったらしいんだよ。」
「えっ?」
聞き役に徹するつもりだったのに、思わず口から洩れた。
聖女が偽物?
そんなはずない、だって私が一緒に召喚されたのだから。
「偽物って...何でそう思われてるんですか?」
言葉を選びながらそう質問した。
私がデルヘンにいた時は、誰も彼女が聖女である事に疑いを持っていなかった。
あれから何が起きたのだろう?
「さぁ。
でもデルヘンの奴らはその後も何度か聖女召喚をしているらしいぞ。
だが、召喚されない。
だから偽物なのか本物なのか判断に悩んでるって話。」
「ああ、なるほどな。
聖女は世界に1人だから、既にこの世界に聖女が居るって訳か。
確かに召喚されないんじゃ、そのデルヘンの聖女が本物になるわな。」
再び先輩騎士同士の会話になったので、口を閉ざし聞き耳を立てる。
先輩騎士たちの話を聞く限り、聖女は世界に1人しか存在できないらしい。
つまり聖女がいる間はもう一度、聖女召喚を行おうとしても失敗するという事だ。
デルヘン以外の協定国で聖女召喚が行われる可能性が低い為、私と一緒に召喚されたサクが本物の聖女なのではないかと言われている。
そもそもなぜサクは偽物と疑われているのだろうか?
その理由が気になる。
私が聞けそうな人物でその事を知っている可能性があるのはアルだろう。
私は鍛錬が終わると、アルに会いに行くことにした。
執務室へ向かう為、城の中を歩いている。
広い城の中で迷わずに行けるのは執務室だけだ。
それ程までに何度も執務室へは行っている。
長い廊下を歩いていると前方にアルの姿を見つけた。
ちょうど良かったと、声を掛けようと歩み寄ってその足を止める。
アルが1人ではない事に気付いたのだ。
アルの隣には女性が居た。
綺麗に着飾ったその女性には見覚えがあった。
「コウ、こんなところでどうしたの?」
背後から掛けられた声に振り向く。
そこにはセオンの姿があった。
「セオン様、あの、あの方は...。」
私の視線の先へ目を向けたセオンがああ。と呟く。
「第一王女のユリシア様だよ。
コウは初めてだっけ?」
そうアルの隣に居たのは以前、馬車に轢かれそうな所を助けた女性だった。
アルと仲が良さそうに話している。
その様子を見ていると胸の奥がモヤモヤとした。
「ユリシア様はアル様の...ってコウ、どうしたの?
そんな顔して。」
自分がどんな顔をしているのかわからなかったが、セオンの言い方からして酷い顔をしていたのだろう。
私が何でもないですと言うと、セオンはそれ以上追求して来なかった。
ユリシアとアルは婚約者なのだろうか?
セオンの言葉の続きが気になったが、怖くて聞けなかった。
「セオン様、私はコレで失礼します。」
「あれ?アル様に用事じゃないの?
大丈夫?」
「また機会を改めます。」
私はセオンに頭を下げると踵を返した。
心の中のモヤモヤは消えない。
それが何故なのかわからなかった。




