休日の過ごし方 〜後編〜
次に向かうのは市場だ。
お店で食べる事が中々叶わぬケーキを自作したかった。
買って帰るにしても、休みの日でないと店に行くのも難しい。
ならば自分で作って好きな時に食べれればいいのではないかと考えた。
その材料を買い揃える為、市場へ出かける。
きっちりと建物を構えた高級店で買うよりも、露店が立ち並ぶ市場の方が安価で材料が手に入る。
まだ試作段階だし、材料は少しでも安く収めたかった。
小麦粉や砂糖、膨らし粉に卵と次々に材料を買って行く。
スポンジがちゃんと焼けるかまだわからないので、今回はクリームを買うのはやめておいた。
必要な物を買い揃えて行くと、何故かおばちゃん達にフルーツをおまけして貰った。
ここの市場は気の良い人が多いのかも知れない。
材料が揃うと市場を後にする。
紙袋に入った材料を抱えると、寮に戻る事にした。
午前中から動いていた為、まだ時間には余裕がある。
帰ってからケーキを作ってみようと帰路を急いだ。
馬車通りのある、広い通りへ出た。
辺りを見渡し、危険が無いか確認する。
この世界に信号なんて物はもちろん無く、自身の目で安全を確認し通りを横切るしか渡る方法はない。
私は馬車が来ていない事を確認すると、通りを渡った。
すると通りを渡った先で、こちらを見ながらフラフラと歩く女性が目に入る。
女性の渡る先が気になって視線を向けると、馬車が走って来た。
辺りを気にしない速度の馬車に嫌な予感がする。
女性はこちらに気を取られているようで、馬車には気付いていない。
「危ない!」
通りの真ん中でフラフラしている女性の手を引く。
女性を私の方へ引き寄せると、直後に馬車は通り過ぎる。
女性の姿が見えていただろうに、まったく止まる気配のなかった馬車は街中とは思えないスピードで走り去って行った。
「大丈夫ですか?」
思わず抱き留めてしまった女性に声を掛ける。
女性は私の腕の中で頬を赤らめポーっとこちらを見ていた。
これはマズい、またあの視線だ。
私を見つめたまま何も言わない女性の視線に、どうしたものかと思案する。
「ユリシア様!」
どうやらこの女性の護衛らしき人物がやって来た。
女性の名前を呼びながら慌てた様子でやってくる男は、今の出来事を見ていたのだろう。
真っ青な顔の男に、ユリシアと呼ばれた女性を預ける。
女性は平民の格好に見えたが、護衛を付けている所を見ると身分のある人物なのかも知れない。
お忍びというやつだろうか。
「ユリシア様を助けて頂き、ありがとうございました。」
護衛の男はこちらに向かって深く頭を下げる。
その護衛の姿を見て、やっと正気に戻ったのかユリシアも軽く頭を下げた。
「助けて頂いてありがとうございます、何かお礼をしたいのですが。」
ユリシアは頬を赤らめたままそう言った。
またこのパターンか。
正直、面倒ごとに関わりたくない。
「ケガもなくてよかったです。
お礼は結構ですので。」
私はそれだけを言うと、2人に背を向けた。
噴水であった令嬢のように、しつこく声を掛けられなかったのは好ましく思う。
私は先程、ユリシアを助ける為に手放してしまった荷物を拾い上げた。
残念ながら、やはり卵は割れてしまっている。
私は深いため息を吐くと、市場へと戻った。
「どうしたんだい?」
市場に戻り、再び卵を買おうとする私に店のおばちゃんはそう声を掛けた。
確かに先程買い物を終えて帰って行った人物が、もう一度同じ物を買おうとしていたら疑問に思うだろう。
人懐っこいおばちゃんは遠慮する事なく私に、疑問をぶつけて来た。
「実は割ってしまって。
折角の商品を無駄にしてしまって申し訳ない。」
私がそう謝ると、おばちゃんは手をパタパタさせながらカラカラと笑った。
「気にしなくていいよ。」
そう言って先程買った数と同じ卵を用意してくれた。
「半額でいいよ。
さっきも買ってくれたしね。」
「いや、でも...。」
「いいんだよ、また買いに来てくれれば。」
おばちゃんはそう言いながら卵で汚れた袋を新しくしてくれる。
至れり尽くせりだ。
「ありがとうございます。」
私が少し困りながら笑みを見せると、おばちゃんも微笑んでくれた。
「アンタにはまた来て貰いたいんだよ。
目の保養にさ。」
そこで、わかりましたと図々しく返事が出来る訳もなく私はまた苦笑を返す事に留めた。
「今度は割らないようにね。」
意地悪く笑いながら手を振るおばちゃんに頭を下げると、市場を後にする。
私は本日2度目となった帰路を急いだ。
この時の私はまだ知らなかった。
城下町の女性達の間で噂になっている夜色の騎士の事を。
紅茶屋で本を読んでいる知的な姿が素敵だとか、市場でおまけして貰った時のはにかんだ顔が可愛いだとか。
夜色は髪と目の色から来ているらしい。
その噂を私が耳にするのはまだ先の話だ。




