騎士になりたい
コンコンコン。
セオンが扉をノックすると知った声が返って来る。
アルの声だ。
目の前の扉をガチャリと開かれるが、動く事が出来なかった。
「セオンか、どうし...。」
セオンが中へ入ると、その後ろに取り残された人物が目に入ったのだろう。
アルは驚いたように目を見開き、言葉を途切った。
「えっと...あの、お久しぶりです、アル様。」
「コウ!」
なんとか絞り出した私の声に答えるように、自分の名前が呼ばれた。
その声がなんだか嬉しそうに聞こえ、私も嬉しくなる。
目の前に差し出された手を取り握手すると、ハグされ反対の手で背中をポンと叩かれる。
テレビで観た外国の挨拶みたいだな、と思ったが特に何も言わない。
こちらの世界の友人の挨拶なのかも知れない。
「ホントに来てくれたんだな。
嬉しいよ。」
満面の笑みで言われ、私も笑みを返す。
「久しぶりに会えて嬉しいです。」
私がそう言うと、アルは私に椅子を進めた。
後ろでカチャカチャと食器の音がする。
セオンがお茶を用意してくれていたようで、音が止むと湯気の上がったカップが目の前に置かれた。
「ありがとうございます。」
セオンにそう言うと、セオンは笑みだけを返す。
「俺は戻ってますよ。」
セオンはアルにそう告げると部屋を出て行った。
部屋に二人っきりになったのだと思うと、少し緊張する。
小屋にいた時は平気だったのに、少し離れていただけでなんだか心が落ち着かない。
「コウ、来てくれたと言うことはここへ住むととっていいのか?」
アルは世間話などは挟まずに、直球でそう聞いた。
「そのつもりで来ました。」
私が頷きながら答えると、アルは満足そうに頷いた。
「やっとコウに恩返しが出来る。
これからはコウが一緒に居てくれると思うと嬉しいよ。」
「えっと...はい。」
来ただけでここまで喜んでもらえるとは思っても見なかったので、少し戸惑う。
照れ臭くてしょうがなかった。
私のその様子に気付いたのだろう、アルも手放しで喜んでいた事が恥ずかしくなったようで視線を逸らされた。
「その...深い意味はないぞ。
コウには世話になったし、それに...そう。
またコウのご飯を食べさせてくれないか?」
アルはその後もいや、そんな事が言いたいんじゃなくてえっと...などゴモゴモと言葉を続けていたが、成る程と思った。
何故アルがここまで私を気に掛けてくれるのか、ずっと不思議に思っていたのだがその理由がわかった。
アルはお米が好きだった。
小屋にいた時の食事を思い出すが、確かにごはんを出した時は喜んでいた。
パンやパスタなども食べていたが、テーブルに乗せたのがごはんの時は嬉しそうだった。
初めの恐る恐るが嘘のような勢いで、ごはんを食べていた。
この世界で私は、未だにお米を見ていない。
他国にはあるのかも知れないが、アルも私の料理以外では食べた事がないようだった。
私が来た事によって、ごはんが食べられるようになったのが嬉しかったのだろう。
だからアルは私に会えたのをこんなに喜んでいたのだ。
「また今度、ごはんを用意しますね。」
私が笑顔でそう言うと、何故かアルは苦笑した。
セオンが入れてくれたお茶を一口飲む。
アルは真面目な表情を作った。
「コウ、ここでの生活に希望はあるか?
出来る限り協力したいと思っている。
もちろん住む場所も仕事も用意して...。」
「あ、あの、アル様。」
ドンドンと進みそうになる自分の今後の話を止める。
アルは話を中断すると私の言葉を待った。
「私...騎士になりたいと思っています。」
私の言葉にアルが固まる。
そして遠慮がちに私の方を見た。
私の体で剣が振るえるか、それを見定めているようだった。
「コウ...君には魔法があるだろ?
何故、騎士なんだ?」
アルが言いたいことはわかる。
森での狩りを魔法で行っていた私が、剣で戦うと言っているのだから。
だが、私はこれからも魔法で戦い続けるのは得策でな無いと思っている。
自分の魔法が他と比べてどの程度なのかを知らない。
アルの反応からして弱くないだろ事は想像がつく。
だが強かった場合、それで目立ってしまうのはよろしくないのだ。
目立つ事によって、デルヘンに見つかるのは避けたかった。
それに聖魔法は今後も隠し続ける事になる。
魔法をメインにしてしまうとそれが難しくなるのではないかと思ったから、私は剣で戦う事を選んだ。
「アル様、私は自分の魔法をあまり公にする事を望みません。
ですがアル様と共に戦いたいのです。
前に魔王のせいで魔物が増えているとおっしゃいました。
私もお役に立ちたいのです。」
私の言葉にアルの口元が嬉しそうに弧を描く。
だがそれをすぐに隠すように、アルは拳を口元へ運ぶとわざとらしい咳をした。
「兵士ではなく、騎士になりたいのだな?」
質問の意味がいまいちわからず、首を傾げる。
アルはその様子に呆れ、それも知らないのかと呟いた。




