さよならの時
アルが居なくなって1週間が過ぎた。
私はアルから貰った手紙を引き出しから出して、読んで、仕舞ってを何度も繰り返している。
今も手にはアルからの手紙が弄ばれている。
『この手紙を持つコウは俺の恩人だ。
コウが訪ねて来たら、俺の元へと案内するように。』
それだけが書かれた短い手紙。
だがとても大切な物だと分かる。
私がこの手紙を持たずに王都へ行ったら、門の時点で帰されるかも知れない。
何の人脈ない私にとって、この手紙が持つ意味はとても大きな物だった。
アルはそれを理解して、この手紙を書いてくれたのだろう。
正直まだ悩んでいる。
この小屋で小百合のように静かな一生を終えるべきか、王都へ行ってアルの力を借り新しい生活を手に入れるべきか。
考えながら夕食を作る。
ボーッと考えながらテーブルに食事を並べて、そこで2人分作ってしまった事に気付く。
アルと一緒に食事をしたのは2週間に満たない期間だ。
なのに無意識で2人分作ってしまった。
アルが帰れば、前のアルの居なかった生活に戻るだけだと思っていた。
実際そうだ。
今まで通り魔法の練習をして、狩をして料理をして...。
何も変わらない生きていく為だけの生活。
だけど、心はポッカリ穴が開いてしまったような。
ただ寂しいのだ。
人といる事を覚えてしまった私には、今の生活がただ寂しい。
アミーはもちろん側にいてくれる。
だが話せば返事をしてくれ、私のやる事に表情を変えるアルが頭から離れない。
「アミー...私はどうしたらいいと思う?」
返事はない。
アミーは私に寄り添い、私が結論を出すのを待っている。
「はぁ...。」
溜息を吐くと、久々に小百合の日記を手に取った。
パラパラとページを捲ると、小百合とノーラの仲の良さが目にとまる。
ノーラとの関わりが小百合を生き生きとさせていた。
本心を言うと、王都へ行きたいと思っている。
だが、デルヘンでの事が頭を過ってしまう。
私がこの世界に来て、大きく関わったのはアルの他にはデルヘンの人々だ。
腫れ物を扱うような冷たい視線を送られ、自由のない生活だった。
命の危機も何度も味わった。
それを思い出すと、王都へ行くのも躊躇われる。
それに王都に行って、どうやって生きて行くかもまだ決めかねている。
王都に行ってから考えるのもアリかも知れないが、無計画のまま只々アルの世話になるのは気が引ける。
最初はアルが助けてくれるだろうが、自分で住む場所を見つけて仕事を探して生活していけるのか不安だった。
自分に出来る事は何だろうか。
日本ではただの高校生だったし、この世界ではなんちゃって騎士の後は小百合の恩恵にあずかって生活をしているだけだ。
生きるのに困らぬように狩りを習得したが、王都でそれが活かせるかわからない。
自分の生活基盤を一から考えるのは、思った以上に大変だった。
ふとアルとの会話を思い出してみる。
最近魔物が増えたと、魔王が復活するだろうと言っていた。
そしてそれを封印させる部隊も組まれるだろうと。
アルがこの森に来たのも、魔物の調査の為だ。
魔王の影響で、どの程度、魔物が増えているかの調査だった。
それらを踏まえて私はある考えに至る。
もし自分が騎士だったら、アルと共に戦えるのではと。
今は魔法で戦っているが、この世界で一番最初に得た戦う方法は剣だ。
頭の中のイメージと重ねて戦う方法で、私はデルヘンから逃げ出せた。
ならば騎士として剣の練習をすれば、イメージと重ねなくとも戦えるようになるのではないか。
体は動いたのだ。
不可能では無いと思う。
急に開けた道に私は高揚した。
幸いこのベーマール王国では私が異世界人だと気付かれていない。
聖女もいないので、私と異世界を結ぶものは無いだろう。
アルは私がこの小屋でずっと1人で生活していたと思っている。
多少の非常識や情報に疎い事も、不自然ではない。
王都へ行こう。
私は心を決めるとアミーへと向き直る。
「アミー、私、王都へ行く。」
私の言葉にアミーはスリスリと頭を擦り付ける。
反対はしていないのだと思う。
だが寂しい。
私はアミーの首に腕を回すとギュッと抱きしめた。
準備は整った。
小百合の恩恵の品々を少しずつ分けてもらい、アイテムボックスへ詰め込んだ。
後は『増殖』で増やして使っていけば良い。
本は迷ったが、全て置いていく事にした。
もう無いと良いのだが、今後また不幸な異世界人が居たらアミーがここへ連れて来てくれるだろう。
その時の為に、私が来た時の状態を保っておく。
小屋を出てアミーに跨る。
慣れてしまったこの行為も今日が最後かも知れない。
そう思うと胸の奥がギュッと締まった。
「アミー、行こうか。」
そう言って風の防壁魔法を張ると、アミーは勢いよく走り出す。
何度も狩りで訪れた森が、景色として後ろに流れて行く。
小さくなって行く小屋に、小百合さんお世話になりましたと心の中で呟くと私は前を向いた。
アルを送った時に訪れた森の端に到着した。
アミーからゆっくりと降りる。
「アミー、本当に今までありがとう。
アミーには助けて貰ってばかりで...何もしてあげられなくてごめんね。」
私がそう言うと、アミーは私の後ろに回り鼻で背中をグッと押した。
そう言葉通り背中を押してくれたのだ。
私の中にあった不安がすっと薄くなる。
「アミー、大好き。」
私は振り向きアミーをギュッと抱きしめる。
アミーは答えるように喉を鳴らした。
「アミー、いってきます!」
私は笑顔でそう言った。
アミーに心配を掛けたくなかった。
自分で決めた別れに涙など見せない。
アミーは私の姿が見えなくなるまでずっと見送ってくれた。
私は何度も振り返り、その度に大きくてを振る。
アミーの姿が見えなくなると私は前を向いた。
もう振り返らない。
私の目尻に浮かんだ涙は風で冷たく冷やされた。




