王都に誘われて
今日狩ってきたウサギと猪を捌いていく。
アルがいる為魔法で捌くのはやめておいた。
狼の魔物は皮だけ剥ぐと、アミーがご飯にしてくれた。
アミーは魔物も食べるらしい。
夕食の準備をしていると、アルが覗き込んで来る。
いつのより捗らない料理に、心配をしているようだ。
「魔王が気になるのか?」
後ろから声をかけるアルに小さく頷いた。
「...コウ、お前王都に来ないか?」
アルの申し出に驚き、アルを見た。
アルは真剣な顔をしている。
「ここで1人...アミーと居るよりも、王都で沢山の人に触れてみてはどうだ?
コウが望むなら、俺も手伝おう。」
「王都...ですか。」
考えた事もなかった。
当然の様に、私はここでアミーと暮らしていくつもりだった。
何のつても知識もない私が、この世界の人々と一緒に暮らすのは難しいと諦めていたのもある。
「すぐじゃなくてもいい。
俺が王都に帰る時に一緒にとも思ったが、考える時間が欲しいなら急がない。
俺は、俺を助けてくれたコウにお礼をしたいんだ。
だから、コウが王都に出たら力になりたいと思っている。」
アルはそう言うと少し困った様な笑みを向けた。
私を困らせるつもりも、強制するつもりもないだろう事が伝わる。
私の事を思っての提案なのだと受け取った。
「考えて...みます。」
すぐに答えをだす事が出来ず、そう返事をした。
アルからの提案は思ってもみなかった事で、私は自分のこれからを考えなくてはいけないと思った。
ここで静かな一生を終えると思っていた私は、アルの手を借りて王都で生きていくという選択肢を手に入れた。
アルは私が本気で考えている様子を見ると、満足そうに頷いた。
「何か書く物を借りれるか?
王都に来た時に困らぬ様に、手紙を書いておく。」
アルにそう言われて私は紙とペンを用意した。
私からそれを受け取るとアルはサラサラとペンを滑らせる。
最後にサインを書くと手紙を折り、私へ渡す。
「王都に来たら、門番へでもこの手紙を渡すといい。
俺の方でも話しておく。」
「ありがとうございます。」
私は手紙を受け取ると、大切に引き出しへ仕舞った。
アルの傷が治った。
多少の跡は残っているが、傷は完全に塞がり動いても痛みは無いとの事だ。
予定よりも4日早い別れに少し寂しく感じる。
小屋を出るとアミーに跨った。
その後ろに同じく跨ったアルがいる。
アミーにこうして2人で乗るのは、アルをこの小屋に運んだ時以来だ。
あの時アルは気を失っていたので、私の前に腹這いに乗せ、どちらかというと運んだといった感じだった。
しかし今は、しっかりと自分で跨り私の後ろにいる。
意識のある時にアミーに乗るのが初めてのアルは、少し緊張している様だった。
アミーはというと、2人乗せた位では全然平気そうにしている。
「では行きましょうか。」
私がアミーに捕まると、アミーは歩き出した。
馬に乗り慣れていたアルはバランスの取り方が上手い様で、器用にも何にも捕まらずにいる。
「アル様、早くなると落とされますので私に掴まって下さい。」
今はゆっくり歩いているアミーだが、ずっとこのスピードでは徒歩と変わらなくなってしまう。
馬で2時間程で着くという王都へは、アミーの足なら1時間半で着くだろう。
だがそれは本来の速さを出しての話だ。
アルは私の言葉に遠慮がちに私へ掴まった。
私は自分達の前に風魔法で壁を作る。
スピードによる強い風への防壁だ。
オープンカーのフロントガラスの様な役割と言えば良いのだろうか。
本当は四方に張っても良いのだが、余りにも風がないとアルに不審に思われる。
私が魔法で防壁を作ったのを確認すると、アミーは走り出した。
馬で慣れていたとはいえ、サーベルタイガーのスピードはアルの想像を超えたらしい。
遠慮がちに添えられていた手はしっかりと腰に回され、私へしがみ付いた。
ドキドキと私のものかアルのものかわからない心音が響く。
男の人をここまで近くに感じた事のない私は、自分の心臓だと思った。
だが、このスピードに驚いているアルのものかも知れないと期待し、お互いに何も言わなかった。
予定通りの1時間半を過ぎ、私達は森の端に到着した。
アルの顔が少し赤いように思えたが、自分の顔も赤くなっていると思うとそれを指摘出来なかった。
ここから王都の入り口は既に見える。
アルと一緒にいる時間もあと僅かだ。
この先は私とアル、2人で歩いて行く事になる。
アミーに乗って門まで行ってしまうと、色々面倒になりそうだからだ。
「アミー、世話になったな。」
アルはそう言ってアミーの頭を撫でた。
これまでお互いに直接関わる事がなかったアルとアミーだが、最後の別れはきちんとしてくれた。
アルと並んで門まで歩く。
時間にすると10分かその位だ。
「コウには本当に世話になった。」
「無事に帰れてよかったですね。」
歩きながら、当たり障りない会話をする。
もう話せなくなるかも思うと、色々話したかったが中々話題が見つからない。
「コウ、王都へ来るのは...
いや、辞めておこう。
無理強いはしたくない、コウが来たいと思ったその時に来て欲しい。」
「わかりました、ありがとうございます。」
アルも私と別れるのが寂しいと少しでも思ってくれているのだろうか。
もしそうなら嬉しいと思う。
この世界に来て、初めてできた人間の友達だと私は思っている。
男同士だと思われているからこそ、こうして仲良く慣れたのだと思う。
「アルフォエル様!おかえりなさいませ。」
門番の兵士がアルの姿を見ると、駆け寄って声を掛けた。
「着きましたね。
アル様、どうぞお元気で。」
私はそう言って歩みを止める。
門番の兵士が来たなら、もう私がこの先へ行く必要はなくなった。
「コウ...王都へ来るか決めるのはお前だ。
だが、私はコウが王都へ来るのを待っている...友として。」
私はアルの言葉に驚き目を見開いた。
それから笑顔になると小さく手を振る。
アルもそれに答えるように手を振ると、門番の兵士と共に歩み出した。
小さくなるアルの背中を見送る。
静かになってしまった空間に取り残された私は振り返り、アミーの元へと走った。




