魔王の存在
アルフォエルの傷は順調に治って来ている。
傷薬に少しだけ治癒魔法をかけたのは内緒だが、そのお陰で傷の治りは早かった。
ずいぶん効く傷薬だなと言われたが黙っておく。
傷が塞がって来るとアルフォエルはリハビリがてら、狩りについて来る様になった。
「珍しい風魔法だな。」
ウサギや猪を銃の魔法で仕留めると、アルフォエルはそう呟いた。
「弓の形よりこっちの方が狙い易いので。」
銃をイメージしていると言っても通じないだろうとそう言ったが、アルフォエルはあまり納得していない様だった。
イメージ出来ない物は魔法でも形にするのが難しい。
アルフォエルは私が何をイメージして魔法を使っているのか思案している様だ。
「コウ殿はずっと1人か?」
「1人ではないです、アミーが居ますので。」
私は隣で大人しくしているアミーの頭を撫でる。
その辺は余り踏み込んで欲しくない話題だ。
私が異世界から来た事がバレてしまう。
私はアルフォエルから目を逸らす様に、アミーへと向き直った。
「コウ殿はどこで魔法を?」
珍しい魔法を使い、しかもそこそこ威力も高い。
気にするなと言う方が無理だろう。
アルフォエルは探る様に質問を続けた。
「独学です。
知人が残した魔法の本で学びました。」
嘘ではない。
小百合が知人かと言われれば、微妙なのだがそれ以外は嘘を言っていない。
嘘をつくのは心苦しいし、何より積み重ねるといずれバレる。
「あの...アルフォエル様...」
「何だ?」
「私の事は、コウとお呼び下さい。」
じわじわと探る様にしていた質問に対して何か言われると思っていたアルフォエルは、予想外の言葉に少し驚いた。
コウ殿と言われるのには抵抗がある。
呼ばれ慣れない殿という言葉に、何だか落ち着かなかった。
それにアルフォエルは私を男だと思っているだろう。
見た目が男に見える者に対して、お前は男か?と聞いて来る者は少ない。
聞かれなければ、自分から性別を言う必要もない。
相手が勝手に勘違いをしているだけだ。
確信的な質問をされない限りは、誤解を解く必要は無かった。
「...わかった。
コウ、俺のことはアルと呼んでくれ。」
「アル...様。」
何となくだが、身分の高そうなアルフォエルを様無しで呼ぶ訳にはいかなかった。
セオンもアルフォエルを愛称で呼んでいたが、様はつけていた。
アルフォエルもこれまでの経験からこうなるのは予想していたようで、無理に様を取れとは言わなかった。
私は上手く話題を変えられた事に安堵する。
無事に獲物を狩る事が出来たので、そのまま帰る事にした。
血抜きをした獲物を持ち上げると、アミーが何か気付いたようで一点を見つめた。
アミーが見ている草むらの先の気配を探る。
「魔物が居ますね。」
私がそう言ったのと同時にアミーが駆け出した。
後を追った私が援護するように風魔法を放つ。
牙を剥き出し唸るアミーの先には狼の魔物がいた。
魔物の足元を狙った魔法は、足先を掠る程度しか効果がない。
だが一瞬でも足元へ気を取られた魔物の隙を突いて、アミーは魔物の首へ噛み付いた。
元々アミーと体格差があった魔物は、首元を噛まれると身動きが取れなくなる。
暫く逃れるように暴れていたが、アミーが振り回すように首振ると動かなくなった。
「さすが見事な連携だな。」
遅れてこの場へ来たアルはそう言って息を吐いた。
その様子に呆れを感じるのは気のせいだろうか。
「最近、魔物が増えたように思うのですが。」
「あぁ、それはデルヘンで聖女召喚がされたせいだろう。」
「?
魔物と聖女召喚と何か関係があるんですか?」
私の言葉に、アルは更に呆れたような顔をする。
「その知識はないが、聖女召喚には驚かないのか。」
アルに言われてハッとする。
自分が聖女召喚に巻き込まれていた為当然のように思っていたが、この世界で聖女召喚は希少なものだった。
気まずそうに目を逸らすとアルは追求せずにいてくれる。
追求したところで、本当の事は話さないだろうと思われているのかも知れない。
「聖女を召喚すると、魔王が復活するんだ。
魔王の復活に合わせて、魔物が増える。
だから協定国では聖女召喚を禁止しているのだが、デルヘンは自国の事しか考えてないからな。
大方、聖女を利用して他国を攻撃とか考えているんだろう。」
「魔王が復活?
それってマズいんじゃないですか?」
「そうだな、だがこれまでも魔王が復活した事はある。
それこそ昔は、聖女を召喚すると魔王が復活すると知らずに聖女を召喚していたからな。
魔王を倒す事は出来ないが、封印する事はこれまでもやって来ているんだ。
今回も封印の部隊が組まれるだろうな。」
アルは平然と話しているように見えるが、魔王の復活など大事ではないのか。
しかも聖女を召喚すると魔王が復活するなど、聞いた事もなかった。
小百合の時はどうだったのだろうか。
小百合の記した物に、魔王についての記述はどこにも無かった。
魔王の存在を小百合はしらなかったのかも知れない。
ではノーラはどうだったのか。
ノーラはこっちの世界の人間だし、元々は冒険者だ。
アルの口ぶりからして、聖女と魔王の関係は知ってて当然の事なのだろう。
ノーラの時代にはまだ聖女と魔王の関係性が明白では無かったのか?
どちらにせよ魔王は復活してしまうらしい。
これは確定だ。
私がまだ見ぬ魔王へ恐怖心を抱いてしまうには十分な事実だった。




