命を頂くという事
この世界で狩をする者の多くは弓を使う。
同じく魔法で狩をする者も、弓を模した風魔法で狩を行う者が多い。
だが私は、上手く弓をイメージする事が出来なかった。
答えは簡単だ。
弓を見た事も触った事もないからだ。
そこで私が考えたのが、銃をイメージした風魔法だった。
もちろん銃も見た事も使った事もない。
しかし、ゲームなどで触れる事が多かった武器は銃だ。
人差し指と親指で銃の形を作り、人差し指の先から風魔法を放つ。
弓よりも全然イメージし易かったので、私はこの銃の魔法で狩に臨んだ。
一匹目のウサギには逃げられてしまったが、私は次もウサギを狙う事にした。
捌く事を考えると、大きな獲物は難しいように思う。
さほど大きくないウサギなら、初めて捌く私でも出来るのではないかと思えた。
だが探してみると、見つけるのは意外と難しい。
「ウサギ、中々いないもんだね。」
後ろをピッタリ付いて来てくれるアミーそう声を掛けた。
するとアミーは踵を返すように歩き出す。
今まで大人しくしていたアミーが、率先して歩き出したのは恐らくついて来いという意味だろう。
私はアミーの後ろを足音が立たぬ様、慎重に歩いた。
少し歩いた所でアミーは身を隠すように上体を低くする。
そのアミーの背後から私は、前方を覗き見た。
ウサギだ、ウサギが二羽いる。
私は銃を構えるようにゆっくりと指先で照準を合わせる。
深く呼吸をして、少しでも気を落ち着かせる。
長く構えていると指先が震えそうで、私は一気に魔力を集中させた。
指先から放たれた風魔法は、ウサギの首元へ命中した。
傷口から血が溢れ出し、ウサギはパタリと倒れそのまま動かなくなった。
もう一羽のウサギは驚いてすぐに逃げたが、その後をアミーが追ったようだ。
アミーの今日のご飯にするつもりなんだと思う。
私はあっと言う間に姿のみえなくなってしまったアミーを見送ると、倒れたウサギに駆け寄った。
血溜まり中で倒れているウサギはすでに絶命している。
自分がやったこととは言え、眉を顰めてしまった。
だがこのままになんか出来ない。
生きる為に、命を奪ってしまったのだ。
私はその命を頂く義務がある。
本に書いてあった事を思い出しながら、私はウサギを逆さになる様に縛り血抜きをした。
小屋に帰って来た。
結界も再び無事に通れたので、認識させる事は出来ていたようだ。
レシピの本を開き、捌き方を見る。
今からこれを自分がやるのかと思うとクラリと目眩がする。
図解されているので分かりやすいが、それがリアルでグロテスクに感じてしまう。
恐らくこの絵はノーラが描いた物だと思う。
小百合には描けないと思う、あの魔法の本を見る限り。
なんだか余計な事を考えたお陰で、良い具合に気が逸れた。
私は今日狩ったウサギをまな板の上に乗せ、本を見ながら必死に包丁を入れた。
何度か気を失いそうになりながらも、なんとか捌き終えた。
初めてだった為、身はだいぶ小さくなってしまったように思う。
だが無事に捌く事は出来たのだ、自分は頑張ったと褒めてやりたい。
捌くのにだいぶ時間が掛かってしまい、外はもう暗くなっている。
急いで夕食を作らないと、遅くなってしまう。
私はこのウサギ肉を使ってシチューを作る事にした。
シチューが完成し、遅くなってしまったがテーブルにつき夕食にする。
「いただきます。」
スプーンでシチューを掬うが中々口に運ぶ事が出来ない。
口元とお碗とを何度もスプーンが行き交うが、その一口を入れる事が出来なかった。
どうしてもあの殺した瞬間が頭を過ってしまう。
だが食べない訳にはいかない。
私が食べないと、ウサギの死が無駄になってしまう。
私は目を瞑り、すっかり冷めてしまったスプーンを口に入れた。
口の中にシチューの味が広がる。
私は目を開き、シチュー掬っては口に運ぶ。
お碗が空になるとスプーンを置き、手を合わせた。
「ご馳走様でした。」
そう言うと、目から涙が溢れた。
これが生きると言う事だ。
私は立ち上がり、食器を下げる。
少し乱暴に、袖で涙を拭った。
これからは、これが日常になる。
私は命を頂いて生きて行くんだ。
慣れていかなくてはいけない。
ずっとこのままでは、私はきっと壊れてしまう。
だが、今日を忘れてはならない。
初めて命を頂いていると実感した日を。
洗い物をすると、お風呂に入った。
自分でも気付かぬうちに、ずっと緊張しっぱなしだった筋肉が湯船に浸かると緩んでいくのがわかる。
段々と温まっていく体と共に、心の緊張も解けていく。
湯船から上がり、体を綺麗にするとベッドへと横たわった。
初めての事だらけだった今日は、とても疲れていた。
布団に入り、目を閉じるが変な興奮のせいで寝付けない。
今日のことを考えてはやめてを繰り返す。
体は疲れているのに、目が冴えて眠れない。
何度も寝返りをうって、ようやく寝付いたのは外が薄く明るくなってきた頃だった。




