初めての魔法
朝日を瞼に感じ目を覚ます。
城のベッドとは違い安心出来たおかげだろうか、久々に熟睡できた気がする。
ベッドから起き上がると体が軽く感じる。
知らず知らずの内に疲れが溜まっていた様だ、熟睡する事でその疲れも取れたらしい。
「おはよう。」
ベッドの下で丸くなっているアミーに声を掛ける。
アミーは私が目覚めたのを確認すると、一人で外へ出て行った。
きっといつものように自分の食料を獲りに行ったのだろう。
私はその後ろ姿を見送ると、ダイニングの椅子へと腰掛けアイテムボックスの中を漁る。
そして私もいつものように、サンドイッチを取り出すとモグモグと食べ始めた。
この小屋の中には、小百合が生活していた時の物がそのままある。
昨夜も何不自由なくお風呂に入ることが出来た。
蛇口を捻ればお湯も出たし、こちらの世界に元々ある物なのか小百合が用意した物なのかわからないがシャンプーやトリートメントも揃っていた。
それにキッチンには食材もそのまま残されている。
野菜や肉、卵や牛乳なんかも冷蔵庫の中に入っていたし棚にはパンやなんとお米も発見した。
状態保存のおかげだと思うが、食べても支障はなさそうだ。
だが、ふと思ったのだ。
この食料はどうやって調達していたのだろう?と。
小百合の日記を読む限り、小百合が街などに買い物に行った記述は無かった。
ノーラがいた時は、ノーラが街で卵を買って来たなど書いてあったが小百合が街に行ったとは書かれていない。
あれだけ日常の些細な事まで書かれていた日記に、それが書かれていないのは不自然だ。
自給自足も考えられるが、来る時に見た限りでは小屋の周りに畑や家畜は見当たらなかった。
誰かに届けてもらうにしても、日記にはノーラとアミーの名前以外は日本での友人の名前しか書かれていない。
名前も知らない者が日記に書いてあった『人払い』を避けてここに辿り着くとは考え難かった。
ではどうしていたのか。
私の予想ではその答えは本棚にしまってある本にあると思っている。
おそらく魔法の本に。
小百合は魔法でなんとかしていたのではないかと私は思っているのだ。
それを解決しない内にこの小屋の食料をカラにしてしまうのは危険だろう。
特にお米はここでどの程度、流通しているのかもわからない。
少なくともデルヘン王国の街では見掛けなかった。
故に、私は今日の朝もアイテムボックスに入っていたサンドイッチを食している。
幸いまだサンドイッチは残っている。
このサンドイッチがなくなる前に、食料調達の謎を解かなくてはならなかった。
食事も終わり、私は外へ出てみた。
今日もとても天気が良い。
爽やかな風が頬を撫でる。
私は小屋の中へ戻ると、お風呂場へ向かった。
今日の天気は絶好の洗濯日和だ。
ここに来るまでにずっと来ていた平民服を洗う事にしたのだ。
ちなみに今の私の服はTシャツとジャージである。
友人宅へ泊まった際、パジャマ代わりに着ようとキャリーバッグの中に入れていた物だ。
この世界では着ることがないと思っていたが、ここなら人が来ることもない様だし安心して着ていられる。
私はジャージの裾を捲ると、平民服を洗い始めた。
移動と野宿のせいで大分汚れていた平民服は、本来の色を取り戻していた。
真っ黒になった水を何度も変えてようやく綺麗にする事が出来、とても満足している。
干した服は風でパタパタと揺れている。
暖かいしこの風なら、洗濯物もすぐに乾きそうだ。
私は小屋の中へ戻ると、本棚から本を2冊取りダイニングの椅子へと再び座った。
本棚には魔法の本が2冊あった。
1冊は小百合が書いた物。
もう1冊はこの世界に元々あった物の様だ。
私は小百合が書いた方の本を手に取り開いてみた。
1ページ目には何やら人の絵が描いてあり、その体の中には矢印がグルグルと書かれている。
『こんな感じで魔法を出す!』
と書かれた本を私はそっと閉じた。
もう1冊の方から読んで行こう、私は気を取り直してもう1冊の本を開いた。
その本はこちらの世界の言葉で書かれているらしく、見た事がない文字が並んでいた。
この世界での言葉は日本語とは違う言語だ。
書いてある文字もそうだが喋っている言葉もそうだ。
だが不思議な事に理解出来るし話す事も書く事も出来る。
初めて聞く言葉にも関わらず召喚され、こちらの世界に来た瞬間からそれは可能だった。
寝て起きたら急に英語が話せる様になってました!
そんな感覚に近いのかもしれない。
不思議ではあるが喋る言葉も書く文字もこちらの言語になっていた。
ただ意識をすれば日本語を喋れるし書く事もできるので、特に不自由はなかった。
私は魔法の本を読み進めていった。
本は読めた。
何が書いてあったのかもわかった。
だが、理解が出来なかった。
そういえば聖女に一生懸命教えていたローブの男も、この本に書かれていたような事を言っていた。
魔力の流れを魔法核からとか言われても、そもそも魔力がどの様な物かさえわからない。
それを動かせと言われてもわからないのだ。
困った、このままでは私は小百合の食料調達の方法が分かってもそれが出来ないかも知れない。
私はもう一度小百合の書いた魔法の本を手に取る。
小百合の描いた絵をもう一度眺める。
矢印は胃の辺りからスタートし、グルグルと円を描きながら掌に集まっている。
『火魔法なら火のイメージで、水魔法なら水のイメージを最初から持った方がやり易いと思う。』
そう書かれていたので、私は水をイメージしてみた。
胃の辺りから水が体の中を巡るイメージ。
最終的に掌へ集めてそれを体の外に出す。
と、私の掌の上には水で作られた玉が浮いていた。
「...出来た...」
出来たのだが何故だろう、この解せぬ感じは。
私の脳内は小百合あの絵と同じなのかと思うと、悲しくなってきた。




