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戦いが終わる

「お帰りなさい、コウ。」


そう言ったユリシアは私に笑顔を向けた。


「ただいま。」


ユリシアが嬉しそうにする反面、緊張しているのがわかる。


「ユリシア様。」


私に名前を呼ばれて、ユリシアはビクリと肩を揺らした。

ユリシアの笑顔が引きつっているように感じるのは気のせいではないだろう。


「ユリシア様、私はあなたの敵でない。

 あなたを助けたいし、守りたいと思っています。」


そう言いながらユリシアに近付く私を、ユリシアは揺れる瞳で見上げた。


「...なにがあったか、話してもらえませんか?」


私がユリシアの肩に手を乗せそう言うと、ユリシアは目に涙を溜めた。

瞬きをすれば零れ落ちてしまいそうな位、涙が溜まっている。


「数日前...コウ達が魔王を封印した頃に、私の元に黒い影が現れたんです。

 その影は私に、お前でいいかとだけ言うと私に向かって来て...。

 私の体に入って来たんです。

 私、怖くて...。

 デルヘンの悪霊に取り憑かれた者達を思い出したら、自分もそうなるんじゃないかって怖くって...。

 誰にも言えなかった。」


助けを求めるような視線が送られると、ユリシアの目からは涙が溢れた。

ポロポロと涙を流すユリシアの肩は震えている。


『間違いないだろうな。

 魔王の元から消えた黒い影だ。』


泣き続けるユリシアを見ながら、琴美はそう言った。

恐らくレクスチェールも言っていた悪魔の事だろう。


「ユリシア様。」


私が名前を呼ぶと、ユリシアの濡れた瞳が私を見上げた。


「大丈夫です、私がユリシア様を助けます。

 私を...信じてもらえませんか?」


ユリシアは一度下を向き、涙を拭うと私を真っ直ぐに見つめた。


「コウを信じます。」


そう言ったユリシアの表情は気丈な物だった。

私は頷くと、ユリシアと私を囲むように魔法と物理結界を張った。


私が思いつく聖魔法など、たかが知れている。

悪魔と言ってもようは悪霊と一緒だろう。

私はアイテムボックスから短冊状に切った紙を取り出した。

その紙に魔力を込めるとお札になる。

私はそのお札をユリシアの額に貼り付けた。


途端にユリシアの背中からは黒い影ヌッと現れた。

その影がユリシアにしがみ付くように抵抗すると、ユリシアは苦しそうに呻き声上げた。

私はもう一枚のお札を、手のように伸びた悪魔の部分に投げるとお札はその部分を切り裂いた。


「ギャァァ。」


苦しそうな声を上げた悪魔は、ユリシアから離れて行く。

悪魔が離れたユリシアはグッタリとその場に座り込んだ。


「クソッ、なぜお前がここに居る。」


悪魔は忌々しげにそう言った。


「それは日本に行ったはずの聖女がって事?

 それとも3000年前に死んだ筈の一番最初の勇者がって事?」


「お前...やはり最初の勇者か。」


やはり、と言うことは悪魔も気付いていたという事だろう。

私はアルから預かったままの聖剣を構えた。


「聖剣が元に戻っている?

 という事は魔王を倒したのか?」


「レクスチェールを救ったと言って欲しいな。

 もうレクスチェールは解放されたんだ。」


「チッ、せっかく時間を掛けて育てていたのに。

 貴様、余計な事をしやがって。」


悪魔は悔しそうに舌打ちをするとそう言った。

悪魔に向かって聖剣を振るが、その剣は簡単に躱されてしまう。

素早く動く悪魔は、目で追うだけで精一杯だ。


「どうした?当たらないぞ?」


そう言った悪魔の声が楽しそうに聞こえる。

それに苛立ちを感じた私は、聖剣を持っていない左手を前に突き出した。

そして広い範囲に向かって鈍化の魔法を放つ。

直接狙って魔法を放っても、当てる事はむずかしいと考え範囲魔法にした。

それには悪魔も想定外だったらしく、もろに鈍化の魔法にかかる。


「クソが!3000年だぞ!

 俺が苦労して魔王を育て、やっとこの世界を手に入れられると思った矢先に貴様が現れやがって!」


思うように動けなくなった悪魔が悪態をつく。


『コウ、頼みがある。

 我にトドメを刺させてはもらえぬか?』


聖剣からナイミルの声がした。

やっと訪れたチャンスだ。

ナイミルも黙ったままではいられなかったのだろう。


「わかった、任せるよナイミル。」


私がそう言うと、ナイミルの魂が再び私の中に入ってくる。


『我とてただ黙って3000年を過ごしていた訳ではない。

 お前もレクスチェールと同じ苦しみを味わえ。』


ナイミルが聖剣を構えると、聖剣の切っ先には闇が宿った。


『闇の中で永遠の孤独に苦しめ。』


そう言ったナイミルは聖剣を振り上げる。

悪魔はそれを避けようと動いたが、鈍化の魔法でうまく避けられなかったらしい。

ナイミルの素早い切っ先が悪魔を捕らえる。

悪魔は闇に飲まれるように吸収されると、そのまま跡形も無く消えた。

そして聖剣はそれまでの光を失い、ただの石のようになった。


『悪魔には輪廻さえ許されない。

 この聖剣の中で、解ける事のない封印に苦しめばいい。』


悪魔の気配は完全に消えた。

やっと、私達の戦いは終わった。


私は結界を解くと、ユリシアに駆け寄った。


「ユリシア様!」


抱き上げると、ユリシアはうっすらと目を開ける。

大丈夫だ、呼びかけにも反応する。

私は急いで治癒魔法をユリシアに掛けた。


「コウ...ありがとう。」


まだ体には力が入らないらしいユリシアは、グッタリしたままそう言った。


「ユリシア様...」


ユリシアを救う事が出来た事に安心する。


「コウ、良くやってくれた。」


そう言ってアルは私の肩に手を置くと、ユリシアを見た。

そしてユリシアを抱き上げると、ベッドへと運ぶ。


「ユリシア、お前はゆっくり休め。」


そう言ってユリシアの額を撫でるアルの顔は優しい兄の顔をしている。

全てが終わった。


ユリシアの部屋で息を飲んで私達を見守っていた皆に、安堵の空気が流れた。

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