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私を忘れた世界

人の声がしてハッとする。

流石に今の騎士の服では怪し過ぎる。

私は公園のトイレに駆け込むと、アイテムボックスを開いた。

元の世界でも魔法は使えるらしい。

アイテムボックスの中からキャリーバックを出すとコスプレの衣装を漁った。

流石に小百合の小屋で来ていたTシャツとジャージはボロボロ過ぎて着れない。

でも確か、マイナーな学園物のアニメの制服があった筈だ。

もちろんと言っていいかわからないが、私がしようとしていたのは男子校生のキャラクターコスプレだった。

あのキャラは制服のブレザーの下にパーカーを着ていた。

派手なエンブレムの付いたブレザーさえ着なければ下はよくある制服に見えるし、この辺で来ていても不自然さはない。

私はそのキャラの制服に着替えると、トイレから出た。


久々の日本の空気になんとも言えない気分になる。

帰って来たと思う反面、どうしたらいいのかわからないとも思ってしまう。

私はそれほど、あっちの世界に慣れてしまっていた。


どうしよう、このまま家に帰ってもいいものだろうか。


前に教会都市で見た、一番最初の聖女を召喚した時の誓約を思い出す。

この世界では私は忘れられているかも知れないのだ。

現に私も菜花を忘れていた。

そう思うと、いきなり家に帰るのも躊躇われる。


そういえば、この公園の近くに兄がバイトしているコンビニがあった。

そこのコンビニで兄がバイトを続けているかも分からないし、今日シフトが入っているかもわからない。

だが、ここでジッとしている訳にもいかない。

私は少し怖いと思いながらも、コンビニに行く事に決めた。




交差点の角にあるコンビニ。

あそこだ。

自動ドア開くと、懐かしい音がする。

そういえばコンビニに入るとこんな音がしてたなと思ってしまった。


「いらっしゃいませー。」


少し気の抜けた店員の挨拶。

その声に聞き覚えがある。

兄だ。

空いている時間の為、店員は兄一人のようだ。

レジで何か作業をしているらしく下を向いたままだ。


私はお菓子とペットボトルのお茶を持つと、レジに進んだ。

ただ会計の為にレジに行くだけなのに緊張する。

さっきアイテムボックスから出した財布を握り、私はレジに商品を置いた。


「いらっしゃいませー。」


先程と同じ気の抜けた挨拶。

商品をレジに通す兄は、未だに私を見ない。


「レジ袋、有料なんですがどうしますか?」


そう言った兄は私を見た。

兄と目が合う。

懐かしい兄を前にすると、涙が溢れそうだった。


「...あの、レジ袋どうします?」


返事をしない私に、兄は不審そうにもう一度聞いた。


「えっと...お願いします。」


「レジ袋3円になります。」


何事もなかったかのようにレジを済ませる兄に呆然としてしまった。

私が妹だと、全く気付かれなかった。

兄から受け取ったレジ袋が重く感じる。

私はもう一度兄を見ると、声を掛ける事が出来ずにコンビニを出た。


やはり私の事は忘れられてしまったのかと思うと、悲しさが強くなる。

きっと家に帰っても、私の事は忘れられているのかも知れない。

そう思うと、泣きたくなってくる。

信号を渡り、トボトボと歩いていると向かいから見覚えのある人影が見えた。

お母さん...。

スーパーの帰りだろうか。

荷物を持ってこちらに歩いて来るのは、紛れもなく私の母だ。


「おかあ...」


目が合った。

母は私がどんなコスプレをしていても、私だとわかってくれる。

母ならきっと、私を覚えている。

そう期待して声を掛けたが、一度合った目はすぐに逸らされてしまった。

スッと私の横を通り過ぎて行く母。


ああ、やっぱり私はこの世界で誰にも覚えていてもらえなかったんだ。


そう思うと、涙が伝った。




公園に戻ってブランコに座る。

キィキィとなるブランコの音はなんだか寂しく感じた。

もう、ここに私の場所はないんだ。

せっかく帰って来たのに、誰にも覚えてもらえていない。

自分の家族にさえ忘れられている。


涙が乾く事はなかった。


『コウ、すまない。

 我が巻き込んでしまったばかりに。』


ナイミルが申し訳なさそうに声を掛ける。

だが私は、ナイミルに返事ができなかった。


沈黙の中、キィキィとブランコの音だけが響く。

もう辺りは真っ暗だ。

魔物除けの結界を張らないと...。

無意識にそう思ってしまった自分に呆れる。

魔物など居ないこの世界で、私は何をしようとしていたのか。

暗くなり無意識に働いた思考に、私はもうあっちの世界の住人なんだと気が付いた。


「レクスチェールもこんな寂しい気持ちだったのかな...」


『...そうだな。』


ポツリと呟いた言葉にナイミルが返事をする。

こうして話し相手がいる分、私の方が恵まれているかも知れない。


『レクスチェールが言っていた悪魔も気になるしな。』


「それなら琴美が気付いていたみたいだから、なんとかしてるかも。」


『そうか。』


ナイミルとの会話はすぐに途切れてしまう。

だが不思議と気まずさがないのは、私が彼の生まれ変われりだからなのかも知れない。


『我はコウとアルフォエルが羨ましかった。』


「私とアル?」


『ああ、思い合っている者同士が結ばれるのは実は簡単な事ではない。

 あの世界では特にだ。

 我とレクスチェールのように、些細な事がきっかけで簡単にすれ違ってしまう。』


確かにそうだ。

タイミングが違えばナイミルとレクスチェールは結ばれていたかも知れない。

チヅが召喚される前に結婚してしまえば。

チヅとの婚約の前にナイミルがレクスチェールと婚約していると伝えていれば。

結果は大きく変わっていたかも知れない。


私の場合もアルにはたまたま婚約者が居なかった。

それにたまたまアルが勇者だった。

たまたま私がデルヘンから逃げたのがベーマールだったし、小屋の近くで怪我をしたのがアルだった。

何か一つでも違えば、未来は変わっていたのかも知れない。


こうしてアルの事を考えると、皆で旅をしていた時を思い出す。

思い出されるのはアルや皆んなとの楽しかった思い出だ。

いろんな事があった。

ようやく魔王を倒して平和になったあの世界を楽しめる筈だった。

それなのに、私は私を忘れたこの世界でひとりぼっちでいる。


家族にも忘れられ、もう帰る場所もない。

そうなってくると、アルや皆んなに会いたい気持ちが大きくなってくる。

私はアイテムボックスの中から、アルに貰った手鏡を出した。

鏡に映る自分は聖女と思えない程、情けない顔をしている。

涙が出てポタリと鏡に落ちた。


「会いたいよ...アル、皆んな。」

残り5話で完結です。

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