魔王討伐
「それって...私にレクスチェールを殺せって事?」
レクスチェールは頷きもせず、真っ直ぐ私を見つめたままだ。
それはきっと、肯定を意味している。
「無理だよ...私、人を殺すなんて...」
自分が人を殺すなど、想像するだけで怖い。
「お願いです。
もう、繰り返すのは嫌なんです。
私を解放して下さい。」
深々と頭を下げて、レクスチェールは私にそう言った。
レクスチェールが言いたい事もわかる。
破壊と孤独の繰り返しなど、私も同じ事を願うだろう。
しかし、それが自分が人を殺す事を容認出来るかと言われればまた別の話だ。
『コウ、我からも頼む。』
ナイミルもレクスチェールを解放する為にここまで来たのだ。
レクスチェールの願いを叶えたいと思っているのがわかる。
「で、でも...」
二人の気持ちも理解できる。
だがそれが、人を殺せと言われているようで私は居心地が悪かった。
「コウ様、私を...と言っても私自身を殺さなくてもいいのです。
私の上に居る、この魔王を殺してくれればそれでいいのです。」
「魔王を?」
「はい、魔王の額に付いている石が聖剣から盗んだ物。
それを取れば魔王は滅びます。
あっちの世界であの石は、悪魔に守られていて攻撃が出来ません。
悪魔のいないこっちの世界がチャンスなのです。」
なるほど、あんなに剥き出しになった弱点がこれまで無事だったのは悪魔のせいという訳か。
そして悪魔のいない日本がチャンスなのもそうなのだと思える。
レクスチェールを解放出来るのは私だけだろう。
それにここまで必死に頼まれると、断る私が悪いように思ってしまう。
「今、魔王を完全に倒せればもうあっちの世界で魔王が復活する事はありません。
多くの者が、無駄な血を流さずに済むのです。」
レクスチェールの言う事は最もだ。
ここで魔王を完全に倒せれば、今後多くの命が救われることになる。
命の重さに順位をつける訳ではないが、レクスチェール一人の命で多くの人が死なずに済むのだ。
そう思うと私も覚悟を決めなくてはならないと思った。
「...わかりました。」
「っ!ありがとうございます。」
レクスチェールは笑顔でそう言った。
これから自分が死ぬ事がわかっているのに、笑顔でいられるレクスチェールの心情はわからない。
だが、それだけこれまでが辛かったのだろうと予想出来る。
私はレクスチェールに笑みを返すと、魔王を見上げた。
「...もう、覚悟は出来ていますか?」
レクスチェールに確認すると彼女は静かに頷いた。
「ええ、大丈夫です。」
真っ直ぐにこちらを見るレクスチェールは覚悟が決まっている。
後は私次第だ。
私は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
正直とても怖い。
間接的とはいえ、私の行いで一人の人間が死ぬ事がわかっているのだ。
私は震える手で氷漬けになっている魔王へ火魔法を放った。
パリンと大きな音を立て、氷が砕ける。
ガラス片のように舞った氷は、キラキラと降り注ぐ。
先程までアル達と共に戦った魔王が、目の前にいる。
私は風魔法で跳び上がると、魔王の額へと剣を突き立てた。
思ったよりも簡単に取れた石はコロリと地面に転がる。
私がその石を拾い上げると、魔王の体は砂のようにサラサラと崩れていく。
魔王の体が完全に消え去ると、レクスチェールはスッと宙に浮いた。
「コウ様、ありがとうございました。
私は...やっと、解放されました。」
そう言ったレクスチェール頬を一筋の涙が伝う。
『レクスチェール、先に行っててくれ。
我も直に後を追う。』
ナイミルの言葉にレクスチェールが嬉しそうに笑う。
レクスチェールが天に登ると、私の手元には赤い石が残された。
魔王は完全に滅びた。
もう、あっちの世界に魔王が現れる事はないだろう。
そう思うと安心すると共に、人を一人殺してしまったのだと考えてしまう。
本人に望まれたとは言え、人を殺してしまった事実は消えない。
そう思うと、心がズシリと重くなった。
この後、私はどうすればいいのか。
そんな事を考えていると、時計の針が進む音がする。
カチッカチッという音に気付き辺りを見渡すと、周囲の人々が動き始めた。
しかもその速度はどんどんと早くなる。
少しずつ、少しずつ早くなり、ついには目で追う事も出来なくなった。
早すぎる動きに目が回る。
私は目を閉じると、そのまま時間が過ぎるのを待った。
時計の針の音が止む。
恐る恐る目を開けると、辺りは普通に戻っていた。
そしてここは見覚えがある。
小さい頃に良く来ていた、家の近くの公園だ。
公園の時計を見るとちゃんと動いている。
今は...いつなんだ?
周囲に人は居ない為、確認が出来ない。
私はゴミ箱に捨てられた新聞を見つけ、日にちを確認した。
2020年10月4日。
新聞にはそう書かれていた。
捨てられた新聞は昨日から今日のものだろう。
私が召喚されてから一年と5ヶ月経っている。
私は...戻って来たのだ。
私が居た世界に。
もう戻る事が出来ないと思っていた世界に。




