魔王になった女性(レクスチェール視点) 〜後編〜
私は気が付くと見た事のない場所にいた。
聖女が召喚された時に着ていた、着物という物に似た物を着ている人々が沢山いる。
そして不思議な事に、誰も動かない。
まるで時間が止まってしまっているようだった。
私はナイミルに殺された筈だ。
なのに私はこうして生きている。
死んだとばかり思っていたのに、知らない場所に放り投げられしかも時間が止まっている。
どうすればいいのかわからずに、周囲を見渡した。
すると私の足元に大きな影が出来ている事に気付いた。
何が大きな影を作っているのか。
私はそれを確かめる為に頭上を見上げ、小さな悲鳴を上げた。
「ヒッ...これは...あの時の魔物。」
私の頭上に浮かんでいたのは、魔物となった時の私だった。
ウラカルドの時は自分がこの魔物だった為、気付かなかったがこうして目の前にすると迫力がある。
胸にはナイミルから受けた傷が残っている。
これがあの時の魔物である事に、間違いないようだ。
何故、この魔物が一緒にいるのか。
何故、私は生きているのか。
何故、私は知らない場所にいるのか。
何故、時間が止まっているのか。
わからない事ばかりだが、答えてくれる者は誰も居ない。
今の私は孤独だった。
時間が止まっているせいか、空腹も眠気も感じない。
私だけが動いているこの世界は、気が狂いそうだった。
何をすればいいのか、どうすればいいのか。
考えても答えが出ない事に、虚しさと不安が募る。
何もない、孤独な時間に心が壊れていく。
聖女が居たであろうこの世界に、ウラカルドが重なる。
ウラカルドは私が壊してしまった。
それは何故?
聖女が私の居場所を奪ったせいだ。
ならば聖女が居たこの場所も壊してしまわなくては。
破壊衝動に駆られると、壊れた心ではそれを抑える事は出来ない。
私は再び魔物と一つになると、気の済むまで聖女が居た世界を破壊した。
すると時間が動き出す。
正確には私が魔物と一つになった事で、時間は動き出した。
人々の悲鳴と泣き声。
燃える家屋。
荒れる大地。
ウラカルドの時と同じだ。
破壊して破壊して破壊して。
そして突然訪れる虚無感。
自分がした事に対する後悔。
もう私の心は壊れてしまっている。
悪魔の手を借りたあの時から。
後悔の念に駆られる私は、顔を上げると不思議な光景を目の当たりにした。
私が破壊した筈の街が、元に戻っていく。
時間が巻き戻されるように、何事も無かったかのように。
そして完全に時間が戻ると、一人の少女の足元が光出した。
私はそれに見覚えがある。
元の世界へ繋がる魔法陣だ。
そして私は直感する。
彼女が次の聖女だと。
私は彼女に近付き、そして彼女と一緒に行った。
元の世界へ。
「久しぶりだな。」
そう言ったのはあの時の悪魔だった。
「上手くこっちに戻って来たな。
まあ、それも俺が手引きしたんだが。」
悪魔の声は楽しげに聞こえる。
「ガァァァ。」
自分の口から出た声に驚いた。
言葉が話せない。
「喋れないんだろ?なにせ今のお前は魔物だからな。」
自分の姿を確認しようと体を動かすと、痛みが走る。
「勇者にやられた傷が、まだ治っていないようだな。
なに、すぐ治るさ。
そしたらまた大暴れしよう。」
悪魔の言葉に自分がして来た事を思い出した。
私はウラカルドを滅ぼし、聖女を殺した。
そして一度、聖女の居た世界も滅ぼしている。
「新しい勇者も育てたし、新しい聖女も来た。
これでもう一度、復讐を楽しめるな。」
悪魔はその後も楽しそうに話し続ける。
私がナイミルに倒された後、私を日本という国に送ったのはこの悪魔らしい。
そして私と別れた後、悪魔は勇者を育てた。
勇者は素質で選ばれるもののようだ。
この世界で一番正義感が強く、邪心がない者。
それが勇者。
悪魔は女性に取り憑くと、邪心を吸い続けその女性の子供に宿る。
それを繰り返し、育てた上げた者が勇者に選ばれるという訳だ。
勇者を育てた上げた後は、簡単だ。
聖女が召喚されればそれに任せればいいし、召喚されなければ魔道士を唆せばいい。
そして聖女と共にこの世界へ戻って来た私を邪心で染め上げればいいのだ。
「ほら、俺が集めた邪心だ。
受け取れ。」
悪魔から流し込まれる邪心。
私の中に巣くい取り込む。
そして私は同じ事を繰り返す。
何度も、何度も...。
聖女や同行者、勇者と戦い、倒され、また日本で孤独に過ごす。
邪心に憎しみに囚われた私は、何度も戦い続けた。
しかし私の心に積み重なるのは後悔だけ。
もう、いっそ感情など無くなってしまえば楽になるのかもしれない。
私は結局、抗う事が出来ずに破壊してしまうのだ。
もう嫌なのだ。
私の心を置き去りにして、破壊し後悔するのは。
そしていつしか願うようになった。
私を殺してくれと。
だが、そんな願いさえ叶う事はない。
これは、悪魔の手を借りた報いなのだろう。
私は意味もなく無関係な人々を傷つける事しか出来ないのだ。
そんな中、私は微かな光を見出した。
何度目かの聖女召喚で、私は自分の大切な人を見つけた。
何故、彼が聖女として召喚されたのかはわからない。
でも見間違う筈がない。
私が唯一愛した人なのだから。
懐かしい感情が私の中に芽生える。
そして私は再び願ったのだ。
彼に殺される事を。




