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3000年前の世界(ナイミル視点) 〜後編〜

俺にはレクスチェールという婚約者がいる。

レクスチェールとは同い年で、俺たちが10歳の時には婚約者となった。

公爵令嬢であるレクスチェールに初めて会ったのは6歳の時だ。

可愛らしい見た目なのに、妙に大人びた仕草が印象的だった。

お互いにいい印象だったと思う。

小さいながらに、俺たちは惹かれあっていた。


そんなレクスチェールが俺の婚約者となったのだ。

10歳の俺は有頂天だった。

別にそれを表に出していたつもりは無かったが、レクスチェールには伝わってしまっていたようだ。


「私も殿下の婚約者となれて、嬉しいです。」


そう言って頬を赤らめたレクスチェールはとても愛らしかった。



その後も俺達は、互いを思い合い仲良く過ごしていた。

レクスチェールとの婚約は政略的なものだったが、俺もレクスチェールもお互いに惹かれていた。

それはとても幸せな事で、気持ちの伴わない結婚をするものなど沢山いる。

そんな中で俺とレクスチェールは互いを愛していた。

このまま俺はレクスチェールと結婚する。

そう信じて疑わなかった。






「殿下、聖女様とご婚約されたと伺いましたが本当の事ですか?」


丁寧な言葉使いだが、レクスチェールの表情に焦りが見える。

俺はそんなレクスチェールを直視出来なかった。


「本当だ、俺は聖女様の婚約者となる。」


「...そんな....では、私は...私との婚約は破棄されるというのですか?」


レクスチェールの絞り出したような声に心臓が抉られるような感覚を覚えた。

自分の好きな人に、こんな悲しそうな声を出させている。

心臓がヒリヒリとして痛い。


「...そうなるな。

 レクスチェール、君との婚約は破棄する。」


自分でも冷たい声だと思った。

しかし感情を殺さないと、俺にはこんな事が言えなかった。


「嘘です...だって殿下は...」


「俺は聖女様と婚約をする。

 話は以上だ。」


チラリと見たレクスチェールの目からは涙が溢れていた。

ポタポタと落ちる涙をそのままに、レクスチェールは泣いていた。


「私は...私は今でも殿下をお慕いしております。」


震えた声でそう言ったレクスチェールに俺は何も言えなかった。

もう、彼女に掛けられる言葉はない。

婚約破棄した俺に、彼女を救う言葉など言える筈もなかった。


「うっ...うっ...」


声を殺したように泣くレクスチェールは、何も言わない俺に悲しい視線を送り続ける。

俺はその視線さえも逸らした。

レクスチェールは振り返り部屋を出て行く。

もう...きっとレクスチェールに会う事はないだろう。

俺は愛しい人の流した涙の跡を、ジッと見つめたまま動くことも出来なかった。






「ナイミル様、今日はどうなさったのですか?」


聖魔法の練習を行なっていたチヅは、そう言って俺の顔を覗き込んだ。

真っ黒の瞳に覗かれると、その瞳には俺自身が映し出された。

自分でも酷い顔をしていると思う。

こんな顔ではチヅに心配するなと言う方が無理な話だ。


「大丈夫です、少し寝不足なだけで...」


嘘はついていない。

昨夜は目を閉じると、レクスチェールの泣き顔が何度も脳裏に浮かんで眠れなかった。

大切な人にそんな顔をさせているのが自分かと思うと、胸が苦しくて呼吸さえまともに出来なくなる。

そんな事を繰り返しているうちに、窓の外は明るくなり朝を告げていた。


尚も心配そうな表情をするチヅを安心させる為に笑顔を向けるが、その効果があったかはわからなかった。

心配そうな視線を俺に向けたまま、チヅは魔法の練習に戻って行く。

恐らくチヅは、俺にレクスチェールという婚約者がいた事は知らなかっただろう。

俺もまさが自分が聖女様の婚約者に選ばれるなんて思ってもいなかった為、チヅに婚約者の事は話していなかった。

俺の思いは、きっと今後もレクスチェールに向いたままだと思う。

だが、今の婚約者はチヅだ。

俺が幸せにしなくてはならないのはチヅなのだ。

いつまでもチヅに心配を掛けてる訳にはいかない。

俺は自分の両掌で頬を打つと、気持ちを切り替えた。


すると城の中でドカンと大きな音がする。

ガラスの割れる音と、ミシミシと壁の軋む音がした。

音のした方を探してみる。

あれは...俺の部屋か?


「ナイミル様!」


チヅが慌てて俺に駆け寄るが、俺はそれを制した。


「おチヅ様はこのままここにいて下さい。

 俺は様子を見て来ます。」


そう言って走り出す俺をチヅは呼び続けたが、俺はそれに振り返らず走り続けた。

城の中は恐怖で混乱した者達で、犇き合っている。

俺はその人々を掻き分けると自分の部屋に辿り着いた。


「レクス...チェール...?」


部屋の中にはレクスチェールが一人で佇んでいる。

だが様子がおかしい。

黒いもやがレクスチェールの周りを漂い、その足元には聖剣が転がっていた。


「殿..下...」


振り向いたレクスチェールと目が合ったが、思わず息を飲んだ。

これは...本当にレクスチェールなのか?

そう思う程、レクスチェールの様子は違っていた。


「ア゛ア゛ぁぁぁ...」


苦しそうな呻き声を上げたレクスチェールを黒いもやが包み込む。

そのもやは徐々に大きくなり、部屋一面に広がると一気に晴れた。

ガラガラと天井は崩れて、さらにはそれを支えきれなかった床までが壊れて行く。


「な、なんだコイツは...」


見たこともない魔物が目の前に現れた。

大きなトカゲに羽が生えたような生き物。

そいつが、今までレクスチェールがいた場所に現れたのだ。


「レクスチェール?レクスチェールどこだ!」


まさかこの魔物に踏み潰されたのか、そう思ったがヤツに足元にそんな痕跡はない。

こうしている間にも城は崩れて続け、俺の足元まで崩れて行った。

何とか聖剣を手にして、魔物に剣を向ける。

しかし崩れた足場に足を取られて、上手く立つ事さえ難しい。


「ナイミル様、ご無事ですか!?」


既に瓦礫となってしまった城はもう建物とは呼べないだろう。

そんな中チヅは俺の元にやって来た。


「おチヅ様、来てはだめだ!」


俺がそう言ったのと同時に魔物はチヅの方を見る。

すると魔物は急に怒ったように、チヅへと爪を振りかざした。

あまりにも突然の事に反応が出来なかった。

魔物の爪をその体に受けたチヅは血で服を赤く染めている。

まるでスローモーションのように倒れたチヅを、俺は見ている事しか出来なかった。


「チ、チヅ様ー!」


チヅの元に駆け寄り抱き上げるが、チヅは既に事切れていた。


「何故...こんな事に...」


腕の中で力を失ったチヅの体は重い。

魔物は大きな羽を広げると空高く舞い上がった。

絶望の中でその魔物を見上げると、魔物はバサバサと音を立てて飛んでいる。

すると今度は口を大きく開け、炎の息を吐き出した。

広く燃え上がる王都のあちこちから悲鳴や鳴き声が聞こえる。


「やめろ...もうやめてくれ...」


その様子を見ながら、俺は力なくそう言った。

どうする事も出来ない、無力な自分に嫌気が差す。

火の海となった王都を目の前にして、拳に力を込めるがそれ以上何も出来ない。

魔物は王都を焼き尽くすと、再び俺の前へと降り立った。


「貴様...許さんぞ...」


レクスチェールをチヅをそして国を。

俺から大切な物を全て奪った魔物を睨みつける。

俺は剣を構え直すと魔物の前に立った。


何故だ...俺から全てを奪った憎むべき魔物なのに、レクスチェールと姿が重なる。

そういえばレクスチェールはどうなった?

俺はレクスチェールが死んだのを見ていない。

まさか...まさか、この魔物が...。

いや、そんな筈はない。

レクスチェールがこんな事をする筈がない。


俺は自分の中に浮かんだ考えを否定すると、剣を構えたまま魔物向かって走った。

魔物はそれを避けない。

身動くせずに俺をジッと見たままの魔物の胸に、聖剣は深々と刺さった。


「ギェェェ。」


苦しそうな魔物の鳴き声が、燃え盛る王都に響く。

やはりお前は...レクスチェールなのか?

自らの手で、愛する者を手に掛けた事に罪悪感が溢れ出る。


「こんな...こんな事って...」


何をどう後悔すればいいのかさえわからない。

俺はそのまま魔物と一緒に、炎に飲まれた。

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