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3000年前の世界(ナイミル視点) 〜中編〜

「えっと...こうですか?」


「そうです!流石聖女様。

 素晴らしいです。」


宮廷魔道士による、聖魔法の練習は順調なようだ。

チヅは覚えも良く、聖魔法はメキメキと上達している。

俺はチヅの練習に立ち会いながら、初めて見る聖魔法に視線を奪われていた。

この世界で聖魔法を使えるのは聖女だけで、その聖女もチヅが初めてだ。

つまり、この世界の住人でも聖魔法を見るのは初めてとなる。

光の魔法とはまた違う、キラキラとした聖魔法はとても綺麗だった。


「では、少し休憩にしましょうか。」


宮廷魔道士の言葉を合図に、休憩に入る。

その場に疲れたように座ったチヅに、俺は手を差し出すとチヅを支えながら立ち上がらせた。


「飲み物を用意しています。

 こんな所に座らずに、あちらで休みましょう。」


そのまま手を引くと、チヅは素直に従った。

椅子を引き、チヅを座らせると俺は向かいの席へ腰を下ろした。

侍女がお茶を入れている間に、俺は先程までチヅが居た場所へ視線を向ける。

そこはチヅがこの世界へ召喚された場所だ。

城の敷地内で魔法の練習が出来る場所など限られている。

外での広い場所などここしか思い当たらず、チヅの魔法の練習はここで行われていた。

チヅを召喚した魔法陣はまだそのまま残されている。

チヅには申し訳ないが、もうチヅが元の世界に戻ることは無いだろう。


「あの、前から気になっていたのですが聞いてもよろしいですか?」


自身の前にティーカップが置かれると、チヅは控えめに俺に声を掛けた。


「何でしょう?」


「ナイミル様の頭上に書いてある、勇者って何ですか?」


チヅがその言葉を口にした瞬間だった。

俺の真上に光の輪が現れると、それは雫へと変わり俺に落ちて来た。

その雫を受けた俺の体は急に光だし、そして暫くすると何事もなかったかのように落ち着いた。


「い、今のは?」


当の本人である俺よりもチヅが驚いている。

一連の出来事を近くで見ていた宮廷魔道士は、焦ったように俺に歩み寄った。


「ナイミル様、恐らく聖女様には勇者を見極める力があるのかと。」


小声でそう言った宮廷魔道士の後ろから、ゴゴゴっと硬い物が擦れるような音がした。

今度は何事かと視線を向けると、チヅを召喚した魔法陣が光その中心には剣の刺さった台座が現れた。

神々しい光を放ったその剣が、普通の物とは違うと見ただけでわかる。

真っ赤な石が柄の中央で輝いている。


「あれは聖剣...」


宮廷魔道士の呟きだけがその場に響き、その後は誰も何も言えなかった。






俺が勇者の選定を受け、聖剣が現れた翌日。

俺は聖剣を抜く事になった。

宮廷魔道士が言うには、この聖剣は俺にしか抜けないらしい。

聖剣など何に使えばいいのかわからないが、抜く事に決まってしまったのなら抜くしか無い。

俺は聖剣の柄を両手掴むと力を込めた。

重い。

こんな剣がどうしてこんなに重いのかと思える程重い。

しかも何故か、力を吸い取られているようにも感じる。

ゾワリゾワリとした感覚に身を犯されながらも、俺はなんとか剣を引き抜いた。

ヌラリと抜けた切っ先に同時に身体中の力が抜ける。

もう立っている事さえ出来ない。

俺はその場に倒れ込むと、意識を手放した。




次に俺が意識を取り戻したのは翌日の朝だった。

気怠さは僅かに残ったものの、普段の朝と大して変わらぬ朝を迎える。

起き上がりベッドを出ると、着替えをして部屋を出た。


「ナイミル様、気付かれたのですね。」


廊下で会ったチヅが、俺に駆け寄り見上げて来た。

その目は心配そうに揺れている。


「ご心配をお掛けしました。

 もう大丈夫です。」


「そうですか。」


俺の言葉にチヅは安心したように息を吐いた。

それから笑顔を見せると、そのまま話し続けた。


「落ち着いたら、聖剣を取りに行った方が良いですよ?

 ナイミル様以外は誰も聖剣を持ち上げる事ができなかったので、あのままになってますから。」


チヅに言われて俺は苦笑した。

剣をそのまま転がして置くなんて危ないとも思うが、俺以外に持てないなら問題ないのだろうか。

とりあえず今は腹が空いた。

食事を終えたら、聖剣を取りに行く事にしよう。






「父上、お呼びでしょうか?」


数日後、俺は国王である父に呼び出された。

最近はチヅの事に手一杯だったので、父に呼び出されるのも久しぶりだ。


「聖女様の様子はどうだ?」


どうやら今日はチヅの事を聞く為に呼ばれたようだ。

チヅが俺に心を開いている事は父の耳にも入って居るのだろう。


「聖魔法も順調に覚えているようです。

 こちらの世界での生活にも慣れてきたように思います。」


事務的な報告になってしまったが、父との仲が悪い訳ではない。

ただ、父が国王となると会話は普通の家庭の親子とは全く別のものになってしまっていた。


「そうか。

 ナイミル、お前を聖女様の婚約者とする事が決まった。」


「聖女様の...婚約者ですか。」


「ああ、そうだ。」


「しかし父上、俺には既にレクスチェールという婚約者がいます。」


突然の父の言葉に驚きを隠せない。

何故突然、俺とチヅが婚約する事になったのか。


「ナイミル、これは聖女様の希望なのだ。

 聖女様をこの国に留めて置くには、この国の者と婚約するのが確実だ。

 その者に聖女様はお前を選んだのだ。」


「しかし...」


「勘違いするな、ナイミル。

 神の代弁者である聖女様の言葉は絶対だ。」


有無を言わさぬ父の言葉に愕然とする。

恐らくチヅにしてみれば、この世界での数少ない心を許せる相手だから選んだにすぎないだろう。

だが、それは聖女の言葉となってしまえば重みが違ってくる。

俺は何もいう事が出来ずに、ただ地面に視線を落とした。

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