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3000年前の世界(ナイミル視点) 〜前編〜

コウがこの世界に聖女として召喚される3000年程前、この世界で初めての聖女召喚が行われた。

当時は魔王も存在せず、自国の繁栄の為に行われた聖女召喚。

まさかそれが、自国を滅ぼす事になるなんて誰も想像しなかった。



俺はナイミル=ローディック。

ここウラカルド王国の第一王子だ。

ウラカルドは比較的新しい国で、国土も他国に比べるとだいぶ小さい。

そんなウラカルドの繁栄の為に、我が国では聖女召喚を行う事となった。

宮廷魔道士達が必死に勉強し、様々な誓約を交わす事でようやく先日、聖女の名前が啓示された。

余田(よだ) ちづの名は、この世界では聞いたことがない。

初めて聞く名前の響きに、本当にこれが聖女の名前かと半信半疑だったが聖女召喚は行われた。

何度も失敗し、成功までは数日掛かった。

やっと成功した召喚で、魔法陣の上に現れたのは見たこともない服を着た黒い髪の女だった。


女は怯えたようにガタガタと震え、何も喋らない。

辺りを必死に見渡している顔は、こちらが気の毒に思える程青かった。


「貴方はヨダ チヅ様ですか?」


魔道士がそう声を掛けると、彼女はビクッと肩を揺らしたっきり何も反応をしなかった。

こちらの世界の言葉がわからないのだろうか?

そんな不安が生まれ、俺は彼女にそっと近付く。

すると彼女はより一層怯えた表情をして、後ずさった。


「こ、こっちに来ないで!」


どうやら言語の壁はないらしい。

彼女の言葉がわかる事に、僅かに安心する。

しかし彼女を怯えさせている事に変わりはない。


「そう怖がらないで下さい。

 我々は貴方に危害を加えるつもりはありません。」


そうは言ったものの、すぐには警戒を解かれる筈もなく彼女はジッと俺を見た。


「わかりました、これ以上近付きません。

 なのでこのまま、少しお話しをさせて下さい。」


俺がそう言うと、彼女は小さく頷いた。


「貴方はヨダ チヅ様ですか?」


俺の問いに、チヅは再び小さく頷く。


「よかった、貴方が聖女様で間違いないようです。」


「聖女様?」


笑顔で話す俺に、チヅは少しだけ警戒心を緩めたようだ。

俺の言葉にそう聞き返す。


「ええ、この国の繁栄を導いてくれる女性。

 それが貴方です。」


チヅは一瞬、ポカンとした顔をしたがその後すぐに慌てたように首を左右に振った。


「な、何かの間違いです。

 私は普通の平民で、国の繁栄とかそんな難しい話はわからないです。」


なるほど、チヅは元いた世界では平民だったようだ。

確かに突然知らない世界に来て、聖女だと言われても困るところだろう。


「チヅ様が聖女様なのは事実です。

 我々も精一杯支えます。

 ですのでチヅ様、どうかこの国の聖女としてこの国に居て頂けないでしょうか?」


丁寧な口調で話す俺に、チヅは戸惑ったような視線を向けた。

知らない場所で知り合いさえいない。

チヅの不安は容易に想像がついた。


「今は居て頂けるだけでいいのです。

 チヅ様がここに慣れて来たら、その時に考えて頂けませんか?」


徐々に譲歩する俺の言葉に、チヅは遂に頷いた。

他に行く場所もない。

チヅにとってはそれしか選択肢が無かったのかも知れない。


チヅはこうして、この国の聖女となった。





「あの、ナイミル様。」


チヅが召喚されて一週間が経った。

城の一室で穏やかに過ごすうちに、チヅの警戒心はだいぶ無くなった。


「どうされたんですか?おチヅ様。」


「...その呼び方はやめて欲しいと何度も申してますのに。」


そう言うとチヅは拗ねたように俯いた。

聖女であるチヅを「チヅ様」と呼ぶのは当たり前だった。

しかし平民だったチヅは自分がそう呼ばれる事に抵抗があったらしい。

元の世界で呼ばれていたように「おチヅ」と呼んで欲しいと言われたが、流石に聖女をそんな呼び方は出来ない。

その為、今は「おチヅ様」と呼んでいる。


「何か足りない物がありましたか?

 でしたらすぐに用意させますが。」


「いえ、そうではないんです。

 だた...私に聖女として、出来る事はありますか?」


チヅはそう言うと頬を赤らめた。

ただ居てくれれば良いと言った通り、今のチヅは特に何もせずにいる。

住む場所を与えられ、食べる物を与えられ、着る物を与えられ。

何もせずとも、生活は守られていた。

その事にチヅは申し訳なさを感じたようだ。

自分が聖女としてそんな扱いを受けているのなら、聖女としてやるべき事をやろう。

そう考えたのだろう。


「そうですね、では聖魔法の練習をしてみませんか?

 聖魔法は聖女様にしか使えない魔法と聞いています。」


俺がそう言うと、チヅはパァッと表情を明るくした。

自分にしか出来ない事がある。

それが嬉しいといった表情だ。


「やります!どうすれば良いのですか?」


「宮廷魔道士から教わるのが一番早いと思います。

 すぐに用意をさせるので、部屋でお待ち頂けますか?」


俺の言葉に、チヅが少し残念そうな顔をする。

どうしたんだ、と思っているうちにチヅが口を開いた。


「ナイミル様が教えて下さるんじゃないんですね。

 ...わかりました、部屋に行ってます。」


そう言うと、チヅはパタパタとこの場を去った。

チヅが言いたいこともわかる。

この世界でチヅが心を開いているのは、きっと俺だけだ。

だから俺以外に物を教わる事に、不安を覚えているのだろう。

...仕方ない、俺も練習に立ち会うか。

そんな事を考えながら、俺は宮廷魔道士の元に向かった。

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