魔王戦、そして...
この世界の魔物は、元々いた動物や植物が変異した物がほとんどだ。
だから私は、この世界にはドラゴンのような空想上の生き物はいないと思っていた。
しかし今、目の前にいるのはどう見てもドラゴンだ。
真っ赤な鱗に埋め尽くされた大きな体。
大きな口から覗く鋭い牙。
人の顔よりも大きな爪。
額の真ん中には赤い石が埋め込まれていた。
エリルの姉より大きなその体から溢れる殺気は、ビリビリと肌に突き刺さる。
「グルラァァァ!」
魔王の声が、鼓膜だけでは無く地響きの様に足からも振動として伝わる。
どうやら魔王は人語が話せないようだ。
私は魔王というから無意識の内に人型を想像していた。
だが目の前にいる魔王は人語も話さない、魔物とほぼ変わらない物だった。
「どうやら待ってくれるつもりは無いようだな。」
アルはそう言うと、ジャリッと地面を踏み鳴らし剣を構えた。
途端に飛び立った魔王が、こちらに向かってくる。
魔王が振りかざした爪をアルが剣で受けると、暫し力比べが行われた。
ギリギリと爪と剣が交わる音が聞こえる。
魔王がアルに気を取られている内にヨルトが横から攻撃を仕掛けた。
しかしその攻撃が魔王へ到達する前に、魔王は再び飛び立ってしまう。
「飛ばれるのは厄介だな。」
ヨルトは悔しそうにそう言いながら、剣を構え直した。
天井近くまで飛んだ魔王に向かってイリーゼ矢を放つが、それも魔王の翼が起こした風で払い落とされてしまった。
「届かないことにはどうしようもありませんね。」
イリーゼはその後も何本か矢を放つが、その全てが魔王に届く前に落とされてしまう。
「僕の魔法で落とせないかな?」
エマはそう言って、火魔法を放った。
しかしそれも魔王の目の前まで行くと、かき消される。
「魔法結界か。」
ガロも大剣を構えてはいるが、どうする事も出来ないようだ。
そうこうしている内に、魔王が上空で体勢を整えている。
...悪い予感がする。
アニメやゲームで培った知識が私に教えているのだ、アレが来ると。
「皆んな、私の後ろに下がって!」
そう言うと私は魔法結界を張った。
直後に私達の周りを炎が囲む。
ブレスだ、やはりドラゴンはブレスを放つらしい。
『よく初見でわかったな。』
琴美が関心したようにそう言ったが、わかっていたなら教えて欲しかった。
「エマ、魔法結界を張ったから魔法を使うなら結界の外から放って。」
「了解。」
しかし魔王を囲む魔法結界をどうにかしない事には、無闇に魔法を使う事に意味はない。
どうしたものか...。
魔王の攻撃は防げるが、こちらの攻撃も通らない。
このままでは何も起こらないと言う事だ。
「ねえ、イリーゼ。
もう一度、弓矢を撃ってくれる?」
「いいですが届かないですよ?」
「魔法で援護するから大丈夫。」
「わかりました。」
イリーゼは弓矢を構えると、魔王に向けて放った。
私は魔法結界の外に出ると、風魔法で矢の威力を増す。
これまで放ったイリーゼ矢に比べて速さも威力も増した矢は、一瞬で魔王の目の前まで到達した。
だが直前で、風魔法は魔法結界により消えてしまう。
矢だけが速度を保ったまま魔法結界を貫通し、魔王の右翼へと刺さった。
「当たった!」
ずっと魔王を見上げていたザイドが大きな声を上げる。
「イリーゼ、もう一回!」
「はい!」
イリーゼはもう一度弓矢を放ち、私はそれに風魔法を掛けた。
今度は左翼に当たると、魔王が忌々しげに唸る。
腹いせのように放たれたブレスを私達はまた魔法結界で防いだ。
「よし、このまま羽根を狙い続けたら落とせるぞ。」
アルは天井付近をバサバサ飛び続ける魔王を見上げながらそう言った。
「イリーゼ、もう一回。」
何度かそれを繰り返していると、魔王の羽根にはいくつもの矢が刺さった。
ボロボロになった羽根では上手く飛ぶのは難しいらしく、魔王は何度も壁に当たっては体勢を直してを繰り返していた。
「次で落ちるよ。」
もう限界を迎えている羽根は動かすだけで痛そうだ。
私がイリーゼの放った矢に風魔法を掛けると、その矢は魔王の左翼に命中した。
「ギェェェ!」
苦しそうな声を上げながら魔王は地面へと真っ逆さまに落ちた。
魔王が落下すると辺りに土煙が舞う。
「行くぞ!」
そう言ってアルが一歩踏み出したその時、魔王の周りにいくつもの魔法陣が浮かび上がった。
その魔法陣から、魔物が大量に現れる。
「魔物はオレ達で引き受ける。
アルフォエルとコウは魔王の元へ行け。」
ヨルトがそう言うと、エマとザイド、ガロにイリーゼは頷いた。
「任せる!」
そう言ってアルは魔物達の間を縫うように進んだ。
そのアルに続くように私も進む。
アミーは私の横に並ぶように走った。
「コウ、一気に方を付けるぞ。」
アルは大きく剣を振り上げると魔王へ飛び掛かった。
私は援護する様に剣を振るう。
魔王も二人を相手に必死に爪を振り回すが、地上では動き難そうだ。
「アル、ブレスが来る!」
私が前に出てアルとアミーを魔法結界で囲む。
至近距離で放たれたブレスは爆発した様に大きな音を立てると、辺りを焼き払った。
「これで終わりだ!」
魔法結界から飛び出したアルが、魔王の心臓目掛けて剣を突き刺した。
「ギャァァァァ!」
大きな叫び声を上げると、魔王はフラフラと後ずさった。
ズシーンと大きな音と地響きを立てながら、魔王は地面に倒れ込む。
ズルズルと這う様に進んでいた魔王だが、やがて力尽き動かなくなった。
「た、倒したのか?」
後ろから恐る恐る覗き込んだガロが、そう言った。
魔王の体が黒い霧のようになって、徐々に消えていく。
『封印出来たようだな。』
そう言った琴美は消えゆく魔王の姿を見つめている。
「やった...封印出来た。」
安心したようなエマが、ぺたりとその場に座り込んだ。
私も封印出来た事に安心し、魔王へ目を向けた。
そこで私は霧状になった魔王の体が一箇所に集まっている事に気付く。
集まっているというより、吸収されているように見える。
それはまるで私が使っているアイテムボックスのようだ。
「アレって...」
そう言った瞬間、誰かに背中を押された。
えっ?
振り向いた時にはもう既に目の前は真っ暗だった。
私は魔王が吸収されていた黒い穴に、一緒に入ってしまったのだ。
気が付くと私は日本に居た。
でも私の知っている日本とは何か違和感がある。
人々は完全に固まり、動いていない。
車も、空を飛ぶ鳥もその場に固まったままだ。
まるで時間が止まってしまったような景色に、私は呆然とした。
人は沢山居るのに、そうとは思えない程辺りは静かだ。
『急で申し訳ない。』
静かな空間の中で響いた声に振り返る。
そこには、私と瓜二つの人物が居た。
髪の色や目の色は違う。
どちらかと言うと、コスプレをした時の私に似ている。
その人物は琴美の幽霊のように透けていて、フワリと漂うと私の前に来た。
『我は聖剣、そして一番初めの勇者。
お主は、我の生まれ変わりだ。』
「聖剣?勇者?生まれ変わり?
なんの事かさっぱりなんだけど...」
『我に付き合わせた詫びだ。
我の記憶を与えよう。』
そう言うと目の前の私に似た人物が、私へと向かって来る。
ぶつかる。
そう思って目を閉ざすと、その人物はスッと消えた。
それと同時に私の中に沢山の記憶が流れ込んで来る。
他人の記憶が流れ込んで来る事に、頭痛と吐き気がする。
私は頭を押さえると、ヨロヨロとその場にしゃがみ込んだ。




