親友のお墓参り
翌日、ハイントの案内で菜花のお墓に訪れた。
小高い丘の上にある菜花のお墓からの景色は、ユルフェクトの王都が見渡せる。
キラキラと降る冷たくない雪が、菜花の墓標にも積もっている。
私は用意した花を供えると、墓標に手を合わせた。
私の知らない間に亡くなっていた親友。
心の中で謝罪し、謝るのはこれで最後にする。
「よかったら、母上の話を聞かせてもらえる?」
そう言ったハイントの目は子供のようだった。
「もちろん。」
私はそう答えると、ハイントに日本での菜花の事を沢山話した。
ハイントも私に母としての菜花の事を教えてくれる。
お互いが知らなかった菜花の事を語り合い、記憶を埋めていく。
きっとこの場に菜花がいたら、恥ずかしいからやめて!と言っていただろうと想像する。
父親似だと思うハイントの顔をよく見ると、確かに菜花の面影があった。
丸い二重の目は菜花にそっくりだ。
そしてハイントの整った顔に父親も整った顔だろうと思うと、面食いな菜花らしいと少し笑ってしまった。
「ぼくの知らない母上を知れて、嬉しかったです。」
そう言ったハイントの笑顔が菜花に重なる。
「私も楽しかったです。」
そう言ってハイントに笑顔を向ける。
そして最後に墓標を振り返った。
さよなら菜花、あなたの息子は素敵な男性に育っているよ。
心の中で別れを告げるとお墓を後にする。
私はこれから魔王封印へ向かう事になる。
菜花が行った事を私もしなくてはいけない。
菜花ならきっと、見守っていてくれる。
そう思えるようになったのは、アルのおかげだと思う。
菜花との思い出を胸に、私は城へと戻った。
ユルフェクトでの聖女降臨式当日になった。
聖女降臨式も今回で最後になる。
この聖女の服も今後着る機会があるかわからない。
小百合の小屋で作った思い入れのあるこの服が、聖女の服として定着するとは思わなかった。
私はいつも通りメイクと髪のセットを終えると、聖女の服を着た。
ベーマールのティアラ、ネムの国のネックレス、ヴァルシオの杖、リセイアのブレスレット。
各国で授かった聖女の証それらを一つずつ身に着けていくと、徐々に聖女としての実感が湧いてくる。
そして最後の協定国、ユルフェクト。
これまでの旅を思い出すと色々な事があった。
長かった筈の旅が思い出すとあっという間に感じるから不思議である。
ここで聖女降臨式を終え、イリーゼを仲間に加えてデルヘンに行き魔王を封印すれば旅は終わる。
まあこれからが魔王封印本番ではあるが、旅の終わりが見えてきた事に少し寂しさを感じた。
コンコンコン。
「イリーゼです。」
私を迎えに来たらしいイリーゼを部屋に招き入れる。
「わあ、今のコウは別人みたいですね。」
そう言ってイリーゼは私をマジマジと見た。
「ふふ、皆んな初めてこの格好を見ると驚くんだよね。」
そう言って私はクルリと回ってみせる。
イリーゼは同行者で初めての女性だ。
だからなのか、なんだか気軽に話せてしまう。
「キレイですよ、コウ。」
男性に言われても恥ずかしいが、女性に言われるのも照れてしまう。
私は照れを隠すように笑って見せた。
「コウ、その...ありがとうございました。
ハイント様を助けてくれて。」
「うん、無事見つかって良かったよ。」
「それと...わたしを見捨てないでくれて。」
イリーゼが笑顔でそう言った。
私がザイドを選んでユルフェクトを出てしまえば、イリーゼと旅をする事はなかっただろう。
イリーゼにしてみれば、同行者としての義務を果たす事が出来なかったかも知れないのだ。
「これからもよろしくね、イリーゼ。」
私はイリーゼの手を取るとギュッと繋いだ。
イリーゼはより一層笑顔になる。
「...さあ行きましょうか。」
繋いだ手を握り返すとイリーゼはそのまま私の手を引いた。
まるで小さな子供の様に手を繋いで歩く私達を、城のエルフ達は不思議そうに眺めていたがイリーゼは嬉しそうだった。
だが、流石に謁見の間の前まで来ると手を解き、改めて手を差し出される。
私はその手に自分の手を重ねた。
謁見の間の扉が開き、私達は中へと入る。
イリーゼも今は笑顔ではなく、真剣な表情だ。
玉座の近くにはアル達同行者が揃っていて、その近くにはハイントの姿もあった。
小さく手を振るハイントに、笑顔だけ返したがハイントは緊張とは無縁のようだ。
玉座の前に来ると、イリーゼは騎士の礼をする。
女性だがこの国の騎士であるイリーゼは騎士の礼をするらしい。
私はそのイリーゼの隣でカーテシーをした。
「これより聖女降臨式を行う。
聖女様、こちらへ。」
ユルフェクト女王の言葉に前に出てユルフェクト女王を見つめた。
「爾を聖女と認め、これを授ける。」
ユルフェクト女王は側近からケープを受け取る。
そして私が頭を下げると、そのケープをフワリと肩から掛けた。
立ち上がり、後ろを振り向く私に歓声と拍手が送られる。
これで全ての聖女降臨式が終わった。
そう思った時だった。
「コウ様。」
ユルフェクト女王に後ろから声を掛けられる。
私がもう一度ユルフェクト女王の方へ向き直ると、ユルフェクト女王は膝を着き私を見上げた。
「これまでの無礼、お許し下さい。」
そう言ってユルフェクト女王は頭を下げる。
辺りにいたエルフ達は騒ついたが、それに合わせるようにイリーゼとハイントが膝を着いた。
これはきっとこの国の誠意なんだ。
自分達の行いを反省した結果だったのだろう。
「これからも変わらず、良い関係を築きましょう。」
きっと私が聖女として言う事はこう言う事だと思う。
私の言葉に、周囲にいたエルフ達も膝を着く。
ザイドをみると、嬉しそうに頷いている。
よかった、ドワーフ族とエルフ族が決裂せずに済んで。
こうして私の最後の聖女降臨式は無事終わった。




