エルフとドワーフ
朝早くから動き出したおかげで、今はもうユルフェクトの王都の近くまで来ている。
あの町を出てから真っ直ぐに王都を目指していた為、私達は他の村や町には寄っていない。
この森を抜けると、王都が見えるらしい。
私達はいつもより急ぎながら王都に向かった。
木々が少なくなってきた。
もう森を抜けるだろう。
そう思った時だった。
魔物の気配はないが、強い殺気を感じる。
周囲の気配を探ると、こちらに向かって何かが飛んで来た。
「ザイド、危ない!」
私はそう言ってザイド目の前に物理結界を張る。
ガツンと音を立ててその場に落ちたのは、矢だった。
「...勇者様達でしたか。
これは失礼しました。」
そう言って私達の目の前に現れたのは、一人のエルフだ。
淡い緑色の髪に薄いブラウンの瞳のエルフは、木の上からストッと猫のようにしなやかに降りた。
背中に背負った弓矢で先程の矢を放ったのだろう。
「ずいぶんと手荒い歓迎だな。」
アルは警戒したままエルフに向かってそう言った。
「わたしはユルフェクトの同行者、イリーゼ=リムトンです。
実は今、ユルフェクトではドワーフの入国を禁止しているのです。」
イリーゼはそう言うと、ザイドにチラリと視線を向ける。
ザイドは明らかに自分を狙ったイリーゼに、怒りを向ける。
「おい、コウが結界を張らなかったらワシに当たっておったんだぞ。
まずはワシに謝罪せい。」
「...当てるつもりで矢を放ったんです。
謝るつもりはありません。」
「何だと!貴様!」
どんどんと熱を上げていく二人の間にガロは入る。
「オイオイ、何でそんなに喧嘩腰なんだイリーゼ?
ドワーフに何か恨みでもあるのか?」
「ワシは知らんぞ。
そもそもエルフにあったのは今日が初めてだ。」
ガロに続いたザイドの言葉にイリーゼは眉を顰める。
「よく言う。
ハイント様を誘拐しておいて。」
「ハイント様?」
イリーゼのポツリと呟いた声を耳が拾ってしまい、聞き返す。
「ええ、ハイント様はこの国に残られた聖女様のご子息なのです。
事もあろうにそのハイント様を、先日ドワーフが誘拐したのです。」
キッとザイドを睨みつけ、イリーゼはそう言った。
「誘拐?それは間違いないのか?」
アルが心配したようにイリーゼに言う。
イリーゼはアルを見ると、深く頷いた。
「間違いありません。
ハイント様がドワーフに拐われるのを目撃した者が居るのです。」
アルはいまいち信じられずにいるようで、うーんと唸っている。
「とにかくドワーフを王都に入れる訳にはいきません。
ドワーフにはこの国から出て行って頂きたい。」
イリーゼはザイドに向かって強い口調でそう言う。
ザイドは何か思い当たる事でもあるんだろうか。
反論する事もなく黙ったままだ。
「ザイドは私達の仲間です。
王都に入れないのであれば、ここに女王様に来ていただく他ないと思いますが。」
「何ですって?」
今度はイリーゼの鋭い視線が私を捉える。
だが一方的にあちらの要望だけを聞く訳にはいかない。
何より、大切な仲間をそう易々と追い出せと言われて黙っているつもりはなかった。
「私は聖女のコウです。
ユルフェクトでは聖女降臨式は行わないのですか?
私はザイドを置いて、王都に入るつもりはありません。」
「聖女様?」
イリーゼは私が聖女だと信じられなかったらしく、アルに視線を向ける。
その視線にアルは頷き返事をした。
イリーゼはアルが頷くのを見るとため息を吐き目を閉ざす。
暫くそうしていたかと思うと、目を開け私を真っ直ぐに見た。
「聖女様がそう仰るのなら仕方がありません。
女王様がそこのドワーフの入国を許可しました。
なので、このままわたしが王都に案内致します。」
イリーゼの言葉に私達はふぅと安堵の息を吐く。
だがイリーゼはしかしと言葉を続ける。
「ドワーフには王都に入ると同時に手枷を付けてもらいます。」
「手枷って、それじゃ罪人じゃん。」
エマはそう言ってイリーゼを問い質そうとしたが、それをザイドが止めた。
「わかった、それでいい。」
ザイドが何かを考えるようにしながらそう言った。
ザイドは何を考えているのだろうか。
だが、ザイドが了承してしまうと残された私達は何も言う事が出来ない。
「ではこちらへ。」
イリーゼはそう言うと、私達を誘導する様に先頭に立った。
王都の門でザイドは手枷をはめられた。
アルの馬に一緒に乗せてもらっているザイドは、ひどく大人しい。
王都の人達もコソコソとこちらを見ながら、小声で何かを話している。
船で聞いた通り、エルフは女性ばかりだ。
見渡してみても女ばかりが目に付く。
それに見た目が整った者が多い気がする。
こんな形での訪れ方でなければもっと楽しめただろうが、今はあまり周りを楽しむ余裕もない。
ドワーフに拐われた聖女の息子か。
それが理由でザイドがこんな扱いを受けているのは納得出来ない。
エルフ族にとっては重大な事なのかも知れないが、それをザイドに向けるのは間違っている。
私はそんな事を思いながら、アミーの上で揺られている。
『コウは仲間思いだな。
エルフ族は長寿だ、妾を知っている者もおるかもしれぬ。
何か力になれるかもしれぬな。』
琴美の言葉に少しだけ気が緩む。
ユルフェクトの訪れた事がある琴美がいてくれるのは心強い。
私達は城の門を潜ると、城の中へ入った。




