表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/141

船の上で仲直り

甲板に一人でいると足音が近付いて来た。


「コウ。」


そう私を呼んだのはアルだった。


「アル...」


アルの名を口にしたものの、何を言えばいいのかさえわからない。

正直、アルと二人っきりになるのを避けていた。

原因ははっきりとわかっている。

エリルの件だ。

アルの事は仲間として元通りだと思うし、皆が居れば普通に話す事も出来る。

でも二人っきりになるのは、まだ怖いのだ。

仲間という関係だけではない、恋人という関係が今は障害になってしまっていた。

私は足早にアルの横を通り過ぎると、自分の部屋に戻ろうとした。


「コウ!」


しかし私の手はアルに捕らえられてしまい、それも出来なくなる。

別に振り解こうと思えば出来るが、それをしてしまったらアルとの距離は広がってしまう。

そう思うと振り解く事は出来なかった。


「少し、話をしたいんだ。」


そう言ったアルの声は小さい。

私が手から力を抜くと、アルも安心したように私の腕を解放した。

引き留めた腕を離してしまうと、私とアルの間には人一人分の空間が開いてしまった。

しかしお互いにそれを詰める事もせず、ただ黙っていた。

二人の間を抜ける風は冷たい。

もしかしたら私達はずっとこのままなんだろうか。

そう思うと怖かった。


「コウ、すまなかった。」


沈黙の後にアルが口にする謝罪。

もう何度目かわからない謝罪に、もうこれ以上の進展はないように思える。


「...わかってる、もう気にしてない。」


何度も繰り返される謝罪に、当たり障りのない返事しか出来なかった。

私の返事にアルは何も言わない。

もうここにいる意味は無いのかも知れない。


「それだけだったら戻っていい?」


そう言って歩き出そうとする私の手を再びアルが捕える。


「まってくれ、まだ話がしたい。」


追い詰められたようなアルの目に、私はアルへと向き直る。

もう一度謝られたら、その時は戻ろう。

そう思いながらアルをジッと見た。


「魅了も誘惑も言い訳にしかならないと思っている。

 一番に信じなくてはいけないコウを、俺は信じきれなかった。

 恋人として一番近くで支えるべき時に、側にさえ居なかった。

 俺は...恋人失格だと思う。」


アルの強く握った拳が震えている。

自分の行いが悔しいのだろう。


「でも俺はコウが好きなんだ。

 やっと手に入れたコウを手放したくない。

 都合のいい話だが、もう一度俺にチャンスをくれないだろうか。」


そう言って私を見つめたアルの瞳は、まるで捨てられた子犬のようだった。

ずるい。

そんな目で見てくるのは。

私だってアルを嫌いになった訳ではない、むしろ好きだ。

だからこそ許せなかった部分があるのに、そんな目で見られたら許したくなってくる。


「皆んなに...アルに軽蔑されたような視線を向けられて怖かった。」


「ゴメン。」


「アルは、アルだけは私を信じてくれると思ってた。」


「本当にゴメン。」


「アルに叩かれた頬が痛かった。」


「コウを叩いた事をずっと後悔していた、本当にゴメン。」


「私よりエリルが良いのかと思うと、悔しかった。」


「...ゴメン。」


もう聞くのもウンザリだと思っていた謝罪の言葉が、何度も私に向けられる。

でも何故か、アルからの謝罪がすんなりと胸に入ってくる。

その言葉は段々と、私とアルの距離を縮めているようにも思えた。


「アルに...嫌われたかと思って怖かった。」


そう言った瞬間、私の目からは涙が溢れた。

そうだ、私はアルに嫌われるのが怖かったんだ。

アルに嫌われたと思って怖かったし、悲しかった。

もうそんな思いをしたくなくて、アルを許せなかったんだ。


「俺がコウを嫌いになる事なんてない。」


そう言ってアルは私を抱きしめる。

暖かいアルの胸の中が、なんだか懐かしくて次から次へと涙が溢れた。


「嘘だよ、だって私を船から降した。」


「あれはあのままコウが船に乗っていたら、嫌な思いをすると思って。」


「エリルを魔物だって言ったら叩いた。」


「エリルが魔物だって信じられなかった俺が悪いんだが、コウに他人を悪く言って欲しくなかった。」


「エリルに優しかった。」


「それは同行者の婚約者だったからだ、他意はない。」


「それに、それに...」


「コウ。」


私の名前を呼ぶアルの声が優しい。

ギュッと力を込めた腕が心地良かった。


「好きだ。」


アルの声に熱が篭る。

ああ、やっぱり私はアルが好きなんだ。

そう実感してしまうと、今まで張っていた小さな意地のようなものがスーッと消える。


「...次は許さないから。」


ちょっとだけ悔しいからそう言ったが、その言葉さえアルには安心を与える物だったらしい。


「コウ。」


名前を呼ばれて上を向き、アルの顔をみた。

するとアルは私へ顔を寄せ、口付けた。

アルと触れた唇が熱くなる。

余りにも一瞬で、目を閉じる暇さえなかった。

キスをされたんだと実感した途端に、遅れたようにドキドキ鼓動が早くなっていった。


「涙は止まったな。」


近距離でアルの笑顔を見るとボッと顔も熱くなる。

瞬きも忘れてアルの顔をジッと見つめてしまった。


「コウ、聞きたい事があるんだが。」


「う...うん。」


平然としているアルに、ここまで慌ててしまっている自分が恥ずかしくなる。

アルはそんな私から目を逸らさず、ずっと私を見つめていた。


「エマとキスしたのか?」


「...へ?」


思いもしなかった事を聞かれて、間抜けな声が出てしまった。

エマとキス?

なんの事を言っているのだろうと思い、記憶を辿ると思い当たる事がひとつだけあった。


「おまじないのこと?」


「おまじない?」


否定しなかった事でアル腕に更に力が入る。

少し苦しい。


「涙を止めるおまじないって...頬に。」


「は?頬?」


アルの腕が緩められる。


エマだ。

これは策士なエマにアルが嵌められたんだ。

アルはきっと、さっきのアルのように唇にキスされたと思っていたんだろう。

私には、アルの後ろで口に弧を描いているエマの姿が容易に想像できる。


「エマにやられたね。」


アルは悔しそうにしながらも、なんだかホッとしたようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ