僕の聖女様(エマ視点) 〜No6〜
船を降りた僕とコウは、森の中を移動してアル達が来るであろう場所で待機した。
僕はなるべく明るく振る舞い、アル達がいない穴をうめようとする。
しかし中々うまくはいかない物だ。
夕食に僕の好きなオムライスを作ってくれたコウ。
そしてデザートに、アイスクリームという物を初めて食べた。
最初は冷たくて驚いたけど、甘くてとても美味しい。
リセイアの暑さが和らぐ、そんな不思議な食べ物だった。
だから思わず、僕は言ってしまったのだ。
「皆んなも残念な事をしたね。
コウと一緒にいたら、こんな美味しい物食べられたのに。」
僕の言葉にコウは笑顔になる。
だがその笑顔は一瞬のものだった。
「そうだね、皆んなには...ナイショにしないと。」
そう言ったコウの頬を涙が伝う。
きっとあの時の事を思い出してしまったのだ。
完全に僕の失言だ。
「コウ...」
ポロポロと溢れるコウの涙は綺麗だった。
でもコウの泣き顔に胸が苦しくなる。
「皆んな仲間なのに...
信じて欲しかった...私を信じて欲しかった。」
コウの言葉が胸に刺さる。
何故あの時、コウを信じる事が出来なかったのか。
そう思わずにはいられない。
コウを信じていれば、コウにこんな悲しい表情をさせる事なんてなかったのに。
「嫌われちゃったかな...皆んなに...アルに。」
アルの名前に心がモヤリとする。
コウはこんな状況なのに、一緒にいる僕ではなくアルの事を思うのか。
そう思うと胸がズキリと痛んだ。
アルじゃなくて僕を見て...。
そう思ってしまうと、体が勝手に動いていた。
涙で濡れたコウの頬に唇を落とす。
少ししょっぱい涙の味に、僕は現実に戻された。
目の前にあるコウの目は大きく見開かれている。
瞬きを忘れたその瞳には、僕が映っていた。
「あ、本当にキスすると涙って止まるんだ。」
僕自身も僕の行動に驚いていたが、誤魔化すようにそう言った。
「え、え、え、エマ?」
コウがあまりにも驚くから、思わず笑ってしまった。
「おまじないだよ、ただの涙を止めるおまじない。」
本当はそんなおまじないはないけれど、僕はそう言って自分の行動を誤魔化す。
ああそうか、そうだったんだ。
前から薄々は思っていた。
僕はコウが好きなんじゃないかと。
それを心の中で言葉にしてみると、自分の中の思いがはっきりと形になる。
コウの事が好きだ。
僕の横で寄り添うように眠るコウを見つめる。
愛おしくて堪らない。
...キスしたい。
そう思ってしまうが、行動に移す事はしない。
コウがそんな事を、望んでいないことは知っている。
これ以上、コウを悲しませるような事はしたくなかった。
コウが好きなのはアルだ。
その事実はきっと変わらない。
僕はコウの暖かさを感じながら、眠りに落ちた。
エリルとエリルの姉との戦いはあっさりと終わった。
壮絶な戦いではあった。
しかしコウには全く手も足も出なかったのが現実だった。
ここまで一方的な戦いになるなんて、ちょっとだけ魔物が気の毒だとさえ思った。
そしてアル達に掛けられていた魅了と誘惑も、エリルが魔物だった事を知った為、無事に解かれた。
だが、お互いに気まずそうにしている。
酷い事を言ったのに助けて貰った為、どう接していいかわからないのだろう。
仕方がない。
僕がきっかけを作ってあげよう。
「もう、何やってんの!
皆んなはコウに言う事があるでしょ!」
アル達に向かってそう言うと、皆がシュンとする。
その後、ザイドの謝罪をきっかけに皆が次々とコウに謝った。
ザイドは適当な所があるけれど、ムードメーカーだと思う。
それは計算ではなく自然行っているようだが、僕達の空気は前の物に戻ったような気がした。
後は少しずつ、時間が解決してくれる。
僕達は、皆で揃ってリセイアの王都に戻った。
リセイアの王都でもエリルの魅了と誘惑が掛かったままの者は多い。
その者達にはエリルの遺体を見てもらって、現実を受け止めてもらう他ない。
聖女降臨式も無事に終わった。
コウの聖女姿は相変わらず綺麗だった。
翌日になり、次の目的地ユルフェクト女王国へ向かう為の船に乗る準備をする。
その時だ。
魔王が復活したのは。
セオンからの通話があり、魔王が復活したのはデルヘンだと知る。
皆に焦りは見えるが、今はユルフェクトに向かう他ない。
僕達は急いで船に乗った。
船の空気が重い。
魔王復活のせいもあるだろうが、正直それはわかっていた事だ。
遅かれ早かれ魔王が復活する事はわかっていた。
問題はそこではない。
コウとアルだ。
二人の間にどうも距離を感じる。
元々このメンバーの中では中心になっていた二人だ。
コウは規格外の聖女だし、アルは勇者としてこのメンバーの道標なっていた。
その二人が気まずい状況なのだ。
空気が重いのも頷ける。
どうしたものか。
この二人にうまくいって欲しいかと言われれば、そうとも言えない。
僕もコウが好きなのだと自覚ししまったからには、胸を張って応援も難しい話だ。
だけど、二人に悲しい思いをさせたいかと言われればそれも違う。
コウにはもちろん、幼なじみのアルにだって悲しい思いなどして欲しくはなかった。
う〜ん...。
やっぱり二人には仲直りして欲しい。
でも単純に応援だけでは面白くない。
僕はアルに少しだけ意地悪をする事にした。
うん、この方が僕らしい。
「アル。」
アルの部屋を訪ねて声を掛ける。
どんよりとした空気にアルが参っているのがわかる。
「エマか。」
気の無い返事が返って来たので、思わずため息を吐いた。
「そんなに落ち込むならさっさと仲直りすればいいのに。」
そう言った僕にアルは返事をしない。
「アル!」
「仕方ないだろ。
コウが俺と二人になるのを避けているんだから。」
アルは深いため息と共にそう言った。
確かにコウはアルを避けているように思える。
皆んなと一緒にいる時は普通だが、ここ最近は二人でいるのを見ていない。
「そんな悠長な事言ってていいの?」
僕は意地悪く笑うと、アルを覗き込んだ。
「僕、コウとキスしちゃったよ?」
「は?」
「キスしたよ、コウと。」
正確にはおまじないと言って頬にキスしただけだが、嘘は言っていない。
目の前のアルの目が血走り、アルの手が僕の胸ぐらを掴む。
「お前...何して...」
殴る勢いのアルを僕は風魔法で弾いた。
別に魔物を倒すような強力な魔法ではない。
アルも少し後退っただけだ。
「君達がエリルに現を抜かしている間も、僕はコウと一緒にいたんだよ。」
「エマ、コウは俺の恋人だ。
お前が手を出していい相手じゃない。」
アルがギリリと歯を鳴らす。
怒りを露わにするアルは、やっぱり迫力が違う。
「じゃあ何でコウを信じなかったの?
コウを信じなかったくせに、恋人だって言い張れるの?」
「そ、それは...」
やはりそこを突かれると弱い。
アルは一気に大人しくなった。
「皆んながコウから離れて、そばに居たのは僕だけだった。
泣いているコウに、なんて言葉をかけたら良かったの?」
「コウが...泣いたのか?」
黙ったまま頷く僕を、アルは眉を下げた情けない顔で見ている。
皆の前では気丈に振る舞っていたコウだ。
泣いていたとは思わなかったのだろう。
「アルはコウとこのままでいいの?」
僕の問い掛けにアルは黙って下を向いた。
考えているんだ。
自分がどうするべきかを。
本当は答えなんか決まっているのに。
「エマ、ちょっと行ってくる。」
アルはそう言って部屋を出た。
これで良かったんだ。
きっとアルとコウは仲直り出来る。
そう思えるのに、心にはポッカリと穴が開いてしまったようだ。
コウを幸せに出来るには僕じゃない、アルなんだ。
そうわかっているのに、寂しさが湧いてくる。
コウ、僕の思いは届かないけど、せめて君の側にいさせて。
僕はコウの親友として側にいる事を選ぶよ。
さよなら僕の初恋。




