僕の聖女様(エマ視点) 〜No5〜
コトミ様がアミーに憑依して僕達と共に旅をする事になった。
そして今はリセイアの王都に到着した所である。
「おい、君は勇者のアルフォエルじゃないか?」
リセイアの王都を歩く僕達に、そう声を掛けて来たのはこの国の同行者であるガロという男だった。
なんとなく直感する。
僕はコイツが好きじゃないと。
案の定、ガロは僕を女だと勘違いして挙句に聖女だと思ったらしい。
勘違いも甚だしい。
フードを取って男だと伝えると、あからさまにガッカリした表情をする。
ほら、やっぱり嫌いなタイプだった。
更にそのガロの婚約者だと言う女がどうも好きになれそうにない。
まさに僕が今まで嫌っていた女そのもののエリルに、どうしても好感が持てなかった。
しかも図々しい事に、エリルは僕達に一緒に姉の元に行って欲しいと言ってきた。
何故、魔王封印の旅の途中の僕達がそんな所に行かなくてはならないのか。
僕としては行きたくなんかなかった。
でも皆が行くなら仕方がない。
聖女と同行者達という立場で行くのであれば、僕は付いて行くしかなかった。
エリルの姉の元に向かう船の中で、僕は自身の身に起きた変化を信じられずにいた。
理由はわからないが、明らかにエリルに対する嫌悪感が薄れている。
一緒にいる時間が長くなったから?
いや、そんな筈はない。
今までだってそうだ、一緒に居ればいる程、嫌悪感は増す筈なのに。
エリルの行動を思い返してみても、好感が持てる部分など何もなかった。
僕の嫌いな女そのもののエリルに、好きになる要素などない。
だが事実、エリルを嫌いかと言われると肯定出来ずにいる。
僕自身が理解出来ない僕の心境の変化に、僕は戸惑った。
そして事件は起きる。
大きな音がして駆け付けた僕らに、コウは驚く事を言ったのだ。
「エリルは...エリルは魔物だったの。」
コウの鋭い視線がエリルに向けられる。
そんな視線をコウが人間に向けるのは珍しい。
本当にエリルを魔物だと思っているのだろうか。
皆から感じる不快感。
コウも自分の発言がその原因だと分かっていただろう。
でもやめなかった。
ガロの影に隠れて怯えるエリルに、コウが責めるように強い口調で話す。
誰が見てもエリルが被害者だ。
コウはどうしてしまったのだろう。
ずっとエリルは魔物だ、私を信じてと言っているコウに皆が苛立っている。
「やめろ!」
そう言うとアルがコウの頬を打った。
パシンという乾いた音が、辺りに響く。
コウは赤くなった頬を押さえると、僕達を見た。
その目からは絶望を感じる。
「...もう、私の言葉さえ届かないんだね。」
そう言ったコウの声は震えていて、全てを諦めてしまったように感じた。
その後、コウは船を降ろされる事になった。
正直、それも仕方がない事だと思える。
コウがした事は、それほど酷いものだった。
しかし、コウは何故そんな事をしたのだろう。
普段のコウからは考えられない。
コウに何かあったのでは?
そう思わずにはいられなかった。
それに恋人であるアルに叩かれたのだ。
僕は少しだけコウが心配になり、コウの部屋に行く事にした。
コウの部屋に着くと、扉が開けっぱなしになっている。
声を掛けようかと思ったのだが、コウが一人ではない事に気付きやめた。
「無駄な正義感のせいで自分が傷付くなんて本当にバカ。」
そう言ったのは間違いなくエリルの声だ。
先程まであんなに怯えていたエリルが、コウの部屋にいる。
その事を疑問に思い、僕はそっと扉の隙間から部屋の中を覗いた。
ヒッと漏れそうになる悲鳴を必死に押し殺す。
コウの前に居たのはどう見ても魔物にしか見えなかった。
その魔物がエリルの声で話している。
それはつまりエリルが魔物だということだ。
僕はエリルに気付かれないように気配を消して、隣の僕の部屋に身を隠した。
見間違いだろうか。
そう思ってしまう程信じられない物を見てしまった。
僕は壁に耳を押し当てると、耳を澄ました。
「もっとバカなのは騙されている事に気付かない、あの男共だけどね。」
そう言って高笑いを上げるエリル。
コウは何も言わなかった。
ゾワゾワと起こる悪寒に僕は自分の腕をギュッと抱いた。
「じゃあね、さよなら聖女さま。」
そう言ったエリルが部屋から出て行く気配がする。
「...悔しい...」
一人になったであろうコウがポツリと溢した言葉が、耳に残った。
隣の部屋から足音が響き、コウが部屋から出たのを察する。
僕は扉を薄く開けると、コウを呼んだ。
「エマ?」
僕がここに居たのは想定外だったようで、コウは驚いたよう目を大きくする。
僕は勢いよく扉を開くとコウを部屋の中へと引っ張った。
「ねえ、さっきのってエリルだよね?
コウが言ってた事は、本当だったんでしょ?」
僕がそう言うとコウはうんと言って小さく頷く。
なんと言うことだ。
本当にエリルが魔物だったなんて。
それにさっきの会話から察するに、危ないのは他の皆の方じゃないか。
「皆んなが危ないんでしょ?
だったら、エリルが魔物だって皆んなに...」
「やったよ!もう...やったよ。
エマも見てたでしょ?
さっき私は皆んなに言ったんだよ。
でも...誰も信じてくれなかった...」
コウの言葉にハッとする。
そうだコウはさっき、僕達を助けようとして真実を言っていたんだ。
それを信じなかったのは...僕達だ。
「...ごめん。」
僕はそう言ったが、こんな言葉で許されるような物ではない。
僕達はコウの言っている事を嘘だと決め付けて、誰も信じようとしなかった。
「ううん、私の方こそごめん。
エマが悪い訳じゃ無いのに大きい声出しちゃって。」
そう言ったコウの表情は苦しそうだ。
当たり前だ。
僕達は皆、コウを裏切ってしまったのだ。
「あのね...コウ。
皆んなの事...捨てちゃう?」
本当はコウにこんな事を言うべきではない。
それはわかっている。
でも、現状をどうにかする可能性が残っているとすれば、コウだけだ。
虫のいい話だとは思っている。
コウを信じなかった者達を捨ててしまうのか、そう聞いているのだから。
捨てる、コウがそう言ってしまえばもう皆を助ける手段はないだろう。
「私は諦めない。
きっと皆んなを...助ける。」
ああ、なんて強いんだ。
なんで僕達はコウを信じきれなかったんだろう。
その事に後悔しか生まれない。
「僕もコウと一緒に行く。」
僕はそう言って、コウと共に船を降りる決断をした。




