本気で愛した者
私達がリセイアの王都に戻った翌日には、すぐに聖女降臨式が行われる事になった。
エリルの姉の元に行っている間に降臨式の準備は終わっていたようで、私達の帰りを待っている状態だったらしい。
ガロからエリルの事を聞いたリセイア国王は、大層驚いていた。
国王自身も魅了と誘惑に掛かっていたようだが、それはエリルの遺体を見た事で解かれた。
多くの国民がエリルの魅了と誘惑に掛かっていた事が予想される。
しかし王都にその遺体を吊るす事も出来ず、エリルの遺体は城の片隅に保管された。
魅了と誘惑に掛かった者には、この国の貴族も多かった。
領地を放ってわざわざ王都に来ていた者もいたらしい。
私達がこの国で立ち寄った村や町で、領主に会わなかったのにはそんな理由があったようだ。
「聖女様には何とお詫びをしたらいいか...」
リセイア国王は委縮しながらそう言ったが、もうお詫びは皆に散々された。
謝罪の言葉だけを聞かされ続けると気が滅入るので、そろそろ勘弁して欲しい。
『同行者がそれでは、魔王どころではないぞ。』
私達の事を聞いた琴美が、アル達に説教する。
アル達も反省しているから、出来ればそれも止めて欲しい所だ。
翌日になり、聖女降臨式を行う日を迎えた。
もう4度目だ。
流石に聖女降臨式にも慣れたと思う。
私はいつも通り、聖女姿へと変身する。
この作業ももう慣れたものだ。
メイクも髪のセットもだいぶ早くに出来るようになった。
だが、聖女の衣装に袖を通すと気が引き締まる。
別に騎士の服でも気を抜いているつもりはないが、聖女の服を着る事で自分の役割を再認識する事が出来た。
コンコンコン。
扉をノックする音が聞こえ、その後すぐにガロの声が聞こえた。
ここでのエスコートはガロが行う。
少し時間が早いが迎えに来たのだろう。
扉を開けると、そこには予想通りガロがいた。
ガロは私の聖女姿に驚いたようで、目を見開いたまま硬直していた。
「ガロ?」
私が声を掛けるとガロはハッとしたような顔をする。
「いや、聖女だとは知っていたが聞くと見るとでは印象が違うな。」
ガロはそう言って私を見ると目を細めた。
「降臨式の時間まで話をしてもいいかな?」
口元に笑みを浮かべるガロを部屋に招き入れる。
きっとガロは女性の扱いに慣れている、そんな感じがした。
「エリルの件は、すまなかったな。」
そう言って頭を下げるガロに思わずため息が漏れる。
「もう皆んな謝ってばっかり。
私、そんなに鬼みたいに怒ったりしないんだけど。」
そう言った私にガロは苦笑する。
ガロ自身も私が沢山の人から謝罪を受けていたのを見ていたのだろう。
確かにあれだけ謝られたら十分だと思ったのかもしれない。
「しかし綺麗だな。
まさかコウの聖女姿がこんなに綺麗だとは思わなかった。
おれの婚約者にならないか?」
軽くそう言ったガロに呆れて息を吐く。
「冗談でもエマがそんな事聞いたら怒られるよ。」
「なんだエマが婚約者か?」
ニヤニヤと笑いながらガロはそう言った。
「エマとは友達。
一番の親友だよ。」
「そうか、じゃあアルかな?」
「...」
誘導されたような受け答えに言葉が詰まる。
「やっぱりアルか。
確かにコウが船を降りた後、ずっと心配していたな。」
「...アルとは婚約者じゃないよ。」
ガロの思い通りに会話が進むのが嫌で、僅かな抵抗のようにそう言う。
「?だが恋仲なんだろ?」
ガロの恋仲という言葉に、照れたように顔が熱を持つ。
悔しいがこういう話ではガロに勝てそうにない。
「恋人だってアルは言ってくれてる。」
「恋人か、羨ましいな。
おれももっと早くにコウに会ってたら、おれが恋人になれていたかな?」
「...それはないかな。」
そう言った私にガロは再び苦笑する。
「あ〜あ、振られたか。」
そう言ってガロは頭の後ろで両手を組んだ。
「ガロはエリルが好きだったんでしょ?」
「...そうだな...」
先程まで揶揄うような表情をしていたガロが、急に憂いを帯びた表情に変わる。
しまった、失言だった。
そうは思ったが、言ってしまった言葉を取り消すことは出来ない。
「初めて本気で惚れた相手だった。」
そう言ったガロの目が悲しげな色を浮かべる。
私はそっか、と一言だけ返事をした。
「おれはこんな見た目だからな。
怖がられる事が多かったんだ。
それが嫌で、笑いながら声を掛けていたらこんな軽い奴になっちまった。」
「最初ガロを見た時、ライオンみたいって思った。」
そう言った私にガロは一瞬キョトンとした顔をしてそれから声を上げて笑った。
「はっきりそん事を言う奴は初めてだ。」
ガロが本当に楽しそうに笑うので、私も釣られて笑う。
一頻り笑ったガロは満足したように、口を開いた。
「エリルはそんなおれを本気で愛してくれた。
まあそれも魅了と誘惑による嘘だったんだけど、おれは本気でエリルを愛していたと思っていた。
...思っていたんだけどなぁ。」
ガロが遠くを見つめる。
エリルの事を思い出しているのだろう。
「ガロが本気だったって思うなら、本気だったんだよ。
全てが魅了と誘惑のせいだとは、私は思わないけど。」
私の言葉にガロは目を瞬かせる。
それからフッと笑うと、私の頭を撫でた。
「コウは本当にいい女だな。
アルをやめておれと恋人ならないか?」
「それはない。」
はっきり言った私にガロは優しい笑みを向ける。
「おれが言えた義理ではないが、アルとちゃんと仲直りしろよ。」
そう言ってガロは腕を差し出す。
もう聖女降臨式の時間だ。
私はガロの腕に自分の腕をかけるとエスコートを任せた。
ガロにはわかってしまっていたようだ。
私とアルが気まずいままになっていた事を。




