国境突破
サーベルタイガーとの旅は順調だった。
盗賊に会うことも無かったし、魔物に襲われる事もない。
只々、目的地までの距離を縮める為だけの旅。
その旅が2日程過ぎた頃に、私はなんだか久しぶりとなってしまった人間を見た。
検問所のようなところに兵士の格好をした人達が何人かいる。
そこに商人や冒険者のような格好をした人達が並んで、順番を待っているようだ。
恐らく隣国へ行くにはあそこを通らないと行けないのだろう。
検問所の建物の後ろには橋が掛かり、その対岸がベーマール王国でこの川が国境となっているようだった。
「どうしようか...。あそこは通れそうにないな。」
デルヘン王国ではきっと私を捕まえるように指示されているだろう。
そんな中、あんな兵士が居るような所に行けば捕まえて下さいと言っているようなのもだ。
仮に令嬢の格好に着替えても、身元不明の令嬢なんかが通れる気がしない。
うーん...と考えている私の服の裾が引っ張られる。
その裾を辿って視線を向けると、サーベルタイガーが器用にも爪を引っ掛け私の裾を軽く引っ張っていた。
「何?何がいい案でもある?」
私がそう聞くと得意げな顔をしたように見えた。
「じゃあ任せていい?」
私の言葉に今度はサーベルタイガーが上体を低くする。
乗れという意味だと捉えて、私はサーベルタイガーに跨った。
すると検問所とは反対方向へ進み出す。
私は一旦任せた事だしと思い、そのままサーベルタイガーに従った。
少し進んで行くと川幅が狭くなっている場所があった。
しかし川は深く、流れも早い。
きっと船でも流されてしまい反対岸までは着けないだろう。
それが理由だろうがこの辺は警備も薄かった。
「確かに川幅は狭いけど、流石に渡り切れないよ。」
何が他の策を考えないと。
私はそう言葉を続けようと思ったが、サーベルタイガーは川から離れるように少しだけ下がった。
まさか...!?
私は嫌な予感がして、サーベルタイガーにしがみつく。
どうやらそれを了解の合図と取られてしまったようで、サーベルタイガーは勢い良く駆け出した。
私の嫌な予感が当たってしまったらしく、ギュッと目を閉じた。
規則正しい揺れが続いた後に浮遊感を感じる。
「〜〜っ!!」
長かったような短かったような浮遊の後に、全身に衝撃を感じる。
無意識に止めていた息をはぁはぁと忙しなく吐くとゆっくり目を開けた。
突然の恐怖に声さえ出せなかった。
しかし後ろを振り返って見ると、無事に川を越えたようだった。
「はぁぁぁ。」
安堵の息を吐くとサーベルタイガーの背中からずり落ち、その場にペタンと座ってしまった。
まさか飛び越えるとは思っていなかった。
私は思わず恨みがましい目線を送ったがサーベルタイガーはなんて事ないようにしていた。
なんだったら伸びをして欠伸までしている。
そんなサーベルタイガーだが私の主に精神面が回復するのをただ黙って待っていた。
無事に隣国へ着いた。がこの後を特に決めて無かった事に気付く。
逃げるのに必死でそこまで考えて居なかった。
どうしようかと思ったが、あまり国境近くをウロウロしてるのも良くないだろうとサーベルタイガーに乗せてもらった。
特に指示を出した訳でもないがサーベルタイガーは何処かに向かって進み出す。
今後を決めかねて居た私は、行き先をサーベルタイガーに任せる事にした。
国境を越えてからの旅も特に今までとは変わらない。
サーベルタイガー任せの旅はデルヘン王国の時のそうだった。
そういえばこのサーベルタイガーは何故、私を助けてくれるのだろう。
一番最初に浮かんでもおかしくない疑問を、今更ながらに考える。
しかし答えが出るはずもない。
この世界に来てから私に何かを教えてくれる人など居なかったのだから。
私はこの世界での唯一信じられるサーベルタイガーに身を預けた。
ベーマール王国に入って3日経った。
今もまだ、森の中に居る。
国境を越える前も森。
国境を越えてからも森。
私は代わり映えのしない景色をサーベルタイガーの背中から眺めて居た。
と、サーベルタイガーの歩みが遅くなった。
私から見ると、森に特に変わった所は無い。
しかしサーベルタイガーがゆっくり歩みを進めると、それは不思議な感覚だった。
ふわりと辺りの空気が変わる。
空気の膜を通った感じと言えばいいのだろうか。
見た感じでは変わったのがわからないが、肌で変化を感じたようだった。
それを感じているのかわからないが、サーベルタイガーは相変わらずゆっくり歩みを進める。
木々がなくなり少しだけ開けた所に、一軒の小屋があった。




