夜空の下で
エリルの遺体を抱えたガロと共に、皆でボートに戻る。
もうだいぶ時間が経ってしまった。
船に戻る頃には暗くなってしまうだろう。
エリルを抱えるガロの表情は固い。
ガロはエリルが魔物だった事も、自分をエリルの姉に食べさせるつもりだった事も理解している。
だが婚約者としてエリルが好きだったのも事実だろう。
そのエリルの遺体を国民に晒す事になる。
それはガロが一国の王子として決めたけじめだった。
川を下るとすぐに船は見えた。
船に居たエリルの魅了と誘惑に掛かっていたであろう船乗りに、エリルの遺体を見せると船乗りは魅了と誘惑から解放された。
やはり例え遺体だろうとエリルが魔物であった事を信じさえすれば、それは解除されるらしい。
リセイアの王都にはエリルの魅了と誘惑に掛かった者が多くいるだろう。
ガロの思いは複雑だろうが、方法はそれしか残されていなかった。
船の自分の部屋に来た。
まだ1日しか経っていないというのに、なんだか懐かしく思えてしまう。
それ程、色々な事があった。
ベッドに寝転びため息を吐く。
窓から見える外は暗い。
目を閉じると波の音が感じられる。
今日は疲れた...。
ぼんやりと眠りに落ちようとしたその時、扉をノックする音で現実に戻される。
誰だろう?
不思議に思いながらも扉を開ける。
「ちょっと、いいか?」
そこに立っていたのはヨルトだった。
「いいけど。」
ヨルトが訪ねて来るのは珍しい。
婚約だとが嫁にとか言いながらも、ヨルトは私と2人になる機会が多くなかった。
別にお互いそれを避けていた訳ではない。
ただ何となく、そんな機会が無かったのだ。
「少し風に当たらないか?」
そう言って甲板に誘われる。
私は部屋を出るとヨルトと一緒に甲板へ向かった。
船の光以外に明かりがないので、星がよく見える。
昨夜の満月から少しだけ欠けた月が無ければ、もっと沢山の星が見えたであろう。
船の動きに合わせて流れる風は、潮の香りがした。
「ヨルトが誘ってくれるなんて珍しいね。」
「ああ、やはり今回の事をちゃんと話しておきたくて。」
そう言ったヨルトの目は少しだけ赤い。
もしかしたら船に戻って少し泣いたのかも知れない。
「コウには本当に悪い事をしたと思っている。
それに酷い事も言った...」
「ちょっと待って。」
暗い声で話すヨルトの言葉を遮る。
ヨルトはまだ言いたそうにしながらも、言われた通り言葉を止める。
「謝罪ならもうやめてね?
私は怒ってないって言ったし、十分謝ってもらった。
謝罪ならもう聞きたくないよ。」
ヨルトの気持ちはわかる。
今は謝る事しか出来ないだろう。
でも、それでは私達は前のようには戻れない。
それに私は仲間だと思って助けたのだ。
もう謝って欲しくなどない。
「そうだな...すまない。」
「ほら、また謝った。」
「...」
そう言うとヨルトは黙ってしまう。
ヨルトは私にもう一度謝罪するつもりだったのだろう。
それを私に禁止されてしまった為、何を言えばいいのか戸惑っているようだ。
「...ふふふ。」
本当に困った様子のヨルトに、思わず笑いが漏れてしまう。
「謝るなって言ったのに対して謝るんだもん。」
私が笑っている理由を不思議そうにしていたヨルトにそう言う。
至って真面目なヨルトにしてみれば、そんな理由で笑われたのは不服なようだ。
少し不機嫌そうに見える。
ヨルトは相変わらず無表情だけど、なんとなく感情が読めるようになってきた。
これもきっと仲良くなって来た証だと、私はそう思う。
「笑っちゃってごめんね。」
そう言ってヨルトの顔を覗き込んだが、ヨルトはそっぽを向いてしまった。
「でもね、もう謝って欲しいとは思わないんだ。
それよりも、前みたいに皆んなと仲良く旅がしたい。
...正直ね、怖いよ。
また皆んなからあの冷たい視線を送られたらって考えると、すごく怖い。
だけど私は皆んな一緒に居たいし、旅を続けたい。」
また同じ事があったらと、怖くない訳じゃない。
でもそれ以上に皆んなと一緒に居たいと思う。
それが私の素直な気持ちだった。
「コウ...」
私の方へ向き直ったヨルトは、真っ直ぐに私を見つめる。
その目はもう罪悪感の篭った物では無かった。
私の言いたかった事を理解した、そんな目だった。
「オレは今後、何があってもコウを信じると誓う。
もう同じ過ちは繰り返さない。
コウだけを信じる。」
私の目を逸らす事なくヨルトはそう言った。
しかし私はそんなヨルトに小さく首を振る。
「ヨルトは自分が正しいと思った事を信じて。
それが私と同じだったらそれでいい。
でも私と違ったら、ヨルトは自分を信じないと。」
「しかしそれでは...」
今回と同じ事を繰り返すかも知れない、そう言いたいのだろう。
ヨルトは言葉を濁す。
「だって私だって間違う事はきっとあるよ。
そんな時、ヨルトがちゃんと私を止めて。
私は今回、ちゃんと皆んなを助けたでしょ?」
そう言って私はヨルトに笑い掛けた。
無条件に私を信じる関係なんてフェアじゃない。
私は皆がお互いに助け合いながら一緒に居たい。
「確かにそうだな。」
そう言うとヨルトは口元を緩めた。
「えっ...ヨルト、笑った?」
初めて見たヨルトの笑顔に驚く。
笑顔と言うには余りにも微かだったが、ヨルトの口は弧を描いていた。
ヨルトは自分でも驚いたようでパッと後ろを向いてしまう。
「...笑ってない。」
そう言ったヨルトの耳は後ろから見てもわかる位赤い。
赤くなったヨルトの顔に興味はあるが、これ以上ヨルトを揶揄うと拗ねてしまいそうだ。
私はヨルトの赤くなった耳を見なかった事にして、潮風を頬に受けた。
ヨルトとの距離が縮まった。
そんな夜だった。




