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もう一度仲間に

燃え尽き真っ黒な墨となったエリルの姉は、見ただけで既に事切れている事がわかる。


「よくも姉さんを...」


歯を食い縛りギリギリと音を立てたが、エリルの目には恐怖が浮かんでいた。

私は火が消えた事を確認すると、自分を囲っていた結界を二つとも解いた。


「バケモノが。」


そう毒づいたエリルだったが、先程までの勢いはない。


「はは、魔物にバケモノなんて言われるって。

 コウ、中々ない経験だよ。」


エマはそう言うとおかしそうに笑った。

私は一歩、また一歩とエリルに近付く。

だが一度はエマにエリルを任せたのだ。

手を出してしまっいいものか悩む。

私がエマを見ると、エマは私の考えを理解したらしく小さく頷く。

エマに了承は得た。

私はエマに頷き返すとエリルへ更に近付いた。


「来るな...こっちに来るな!」


エリルはジリジリと後ずさると、そう言った。

僅かな反撃とばかりに私へ伸ばされた、エリルの蔦のような手を炎を纏った剣で叩き斬る。

ジュっと音を立てて燃えたその腕を、エリル忌々しげに睨んだ。


「お前は私の仲間に手を出した。

 だからお前を許す事はない。」


エリルに希望を残さぬように私はそう言った。

私が剣を構えるとエリルはクルリと向きを変える。


「せめてお前も道連れにしてやる!」


そう言ってエリルはエマに向かって行く。

残った腕を振り上げ、エマに襲い掛かったがその腕はエマに触れる直前でバチリと弾かれた。


「嘘...こっちにも...」


エリルの絶望を浮かべた顔を、エマは物理結界の中から見ていた。

そのエリルの後ろから、私は剣を振り上げた。

炎は纏わせていない。

エリルの遺体を燃やすつもりはなかった。

私は人で言う心臓の部分に剣を突き立てる。


「ガッ。」


エリルの口からは緑色の血が溢れた。

手に残る固い感触に、私は更に力を込めた。

剣で貫かれたエリルの胸からは魔石が飛び出している。


「まさか...魔石を...直接、狙った...のか...」


息を絶え絶えエリルはそう言って私を見た。


「本当に...バケ..モノ...」


エリルはその声を最後にドサッと倒れる。

見開かれたままの瞳は、もう何も写していない。


終わった、ようやく終わったのだ。

そう思うとドッと疲れが押し寄せ、私は剣を杖のように地面に着くと片膝を折った。


「コウ、大丈夫?」


私が結界を解くとエマが心配したように私へ駆け寄る。


「うん、少し疲れただけ。」


エマに支えられるように立つと、私はエマそう言った。


アル達の毒の治療をしなくては。

私はアル達の元に行くと、エリルの残した結界を解除する。

エリルは私の治癒魔法を避ける為に、魔法結界を張っていたようだ。

バリンとガラスの割れたような音が響くと結界は壊れた。

毒のせいだろう。

アル達の顔色が酷く悪い。

治癒魔法をアル達に掛けると、皆を白い光が包む。

その光が消えると、アル達の顔色はいつも通りに治っていた。


「その...大丈夫?」


「あ、ああ。ありがとう。」


私が声を掛けると、アルが気まずそうに返事をする。

他の皆も、居心地が悪そうだ。


お互い酷い別れ方をした自覚があるだけに、どう接していいかわからない。

私からもこれ以上、声を掛けられずにいた。


「もう、何やってんの!

 皆んなはコウに言う事があるでしょ!」


そんなアル達に、エマは怒ったように腰に手を当てるとそう言った。

目に見えてシュンと項垂れるアル達はまるで子供のようだ。


「コウ、すまんかった。」


目を合わせる事も気恥ずかしいのだろう。

ザイドは地面を見つめたまま、ポツリとそう言った。


「うん、もういいよ。」


私のその言葉に弾かれたように反応したのはヨルトだった。

ヨルトは私の前までやって来ると、片膝を地面に着き両手を胸に当てる。


「聖女を守り、一番に信じなくてはいけない筈のオレが聖女を裏切ってしまった。

 本当に申し訳ないと思っている。

 もうオレの事など信じられないかも知れないが、許してはくれないだろうか。」


ヨルトの声が余りにも悲しそうで、私は思わずしゃがみヨルトの肩に手を置いた。

顔を上げたヨルトと目が合う。


「大丈夫だよ、私は怒ってない。

 皆んな、魅了と誘惑にかかっていたんだもん。

 仕方ないよ。」


そう言って私はヨルトに笑みを向ける。

ヨルトは目に涙を溜めると、それを隠すように下を向いた。

涙を堪えているのがわかる。

私はヨルトからそっと手を離すと立ち上がった。


「そ、そうだのう。

 ワシらでは魅了や誘惑とやらはどうにも出来んかった。」


気が抜けたようそう言ったザイドの脇腹を、エマが肘打ちする。


「ザイドはもう少し反省しなさい。」


グッと声を漏らしたザイドにエマは鋭い視線を送ってそう言った。

その様子に私はクスクスと声を出して笑う。

たったそれだけの事で、私達を包む空気は前に戻ったようだった。


「コウ、本当にすまなかった。

 それと助けてくれてありがとう。」


眉を下げ、情けない顔をしたアルが私に謝罪する。


「仲間だもん、助けるのは当然でしょ?」


そう言った私にアルは安堵の表情を見せた。

だがその表情はすぐに曇ってしまう。


正直わだかまりがないと言ってしまえば嘘になる。

アルも全くこれまで通りでいられるかと言われれば、それも難しいだろう。

私が何を言ったところで、アルが気にするのを辞めさせる事は出来ない。

後は時間が解決するしかないのかも知れない。


ふと、エリルの遺体の横で膝を着くガロが目に入る。

婚約者が魔物だったのだ、その現実を受け止める事は思っているより難しい。


「あの、ガロ。」


私の呼び掛けに振り向いたガロは、悲しそうな表情を浮かべている。


「えっと...エリルの事はなんと言ったらいいか...」


言葉を選びながらそう言ったが、何を言えばいいのか正直わからない。

ガロは首を振ると、私を見上げた。


「いや、聖女様には申し訳ない事をした。

 元々、おれが騙されたのが悪かったんだ。

 他の皆んなにも悪い事をしてしまった。」


皆を巻き込んでしまった事に、責任を感じているらしいガロは酷く落ち込んでいる。

自分がエリルに最初に騙されたせいで、皆を危険に晒してしまった、そう思っているのだろう。


「ガロのせいじゃないよ。

 それに今、エリルを倒してなかったら被害がもっと増えていたかも知れない。

 結果としては、これでよかったのかもね。」


「そうか。」


そう言ってガロは再びエリルを見た。


「あの、ガロ。

 エリルの魅了と誘惑は、エリルが死んでも解ける事はないんだって。

 解く方法はエリルが魔物であると知ることだけなんだ。

 だからもし、リセイアの国の人達が魅了や誘惑にかかっていたら、それを解くにはエリルが魔物であった事を信じさせないといけないって事。」


「じゃあエリルの遺体を皆に見せるのが一番早いだろうな。」


正直、私も同じ事を思っていた。

ガロがそう言ってくれた事で、少し気が楽になる。

それが一番の方法だとは思っていたが、ガロには婚約者の遺体を晒せと言っているようなものだ。

私からは言いづらかった。


「私もそれしかないと思っている。」


私の返答にガロは複雑な表情をする。

わかってはいるが、肯定されると複雑なのなのだろう。


私はエリルの遺体に状態保存の魔法をかける。

ガロはエリルの遺体を抱えると、大事そうに抱き上げた。

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