魔法の相性
「ア゛ア゛ァァ。」
エリルの姉はアル達をジロジロと舐めるように見ると、嬉しそうに声を上げた。
だがその声は人の言葉として理解する事が出来ない。
「ふふ、そうでしょ。
勇者に聖女の同行者達だもん。
きっと美味しいよ。」
姉の言葉にそう言いながらエリルはアル達へと視線を向ける。
細められた目から送られる視線に、ゾワリと恐怖を覚えアル達は身悶えた。
しかし体を巡る毒のせいで、その場から動く事さえ出来ない。
エリルの姉の枝のような手が伸びて来て、ガロの体に巻き付く。
耳まで裂けた大きな口をパックリ開くと、エリルの姉はガロをゆっくり持ち上げた。
「や、やめろ!」
はっきりと恐怖を顔へ浮かべながら、ガロは叫ぶ。
「エマ、行こう!」
これ以上は皆が危険過ぎる。
皆がエリルの正体を知り、エリルの姉も現れた。
これ以上、待っている意味はない。
私は硬化を混ぜた風魔法を放った。
魔法はガロを捉えていた腕を斬り裂き、それによってガロは解放される。
エマと共にアル達の前に姿を現すと、エリルは驚いたように声を上げた。
「な、何故聖女がここにいるの!?」
「そんなの、助けに来たからに決まってるじゃん。」
エマは自身の震えを隠すように、強気にエリルにそう言った。
「エマ、エリルをお願い。
私はこっちをやるから。」
私はそう言ってエリルの姉に向き合った。
食事の邪魔をされて怒っているのだろう。
エリルの姉は腕をビタンビタンと地面に叩きつけ、怒りを露わにしている。
「今更、聖女と魔導士の同行者が出て来たところで何も出来る訳がない!」
エリルはそう言ってアル達の周りに何か結界を張った。
私がアル達に治癒魔法を掛けるのを防ぐ為だろう。
「他の同行者達が使い物にならないのに、聖魔法しか取り柄のない聖女が一体何を出来るの?」
エリルは勝ち誇ったように私達に向かってそう言った。
そんなエリルに弓矢を模した風魔法を、エマが放つ。
エリルの頬をかすった魔法は、その頬に傷を残した。
「僕も居るんだけど?」
エリルを挑発する様に言ったエマの言葉に、エリルはキッと目を吊り上げた。
「オオオォォ。」
先程斬り裂いたエリルの姉の腕が、ニュルンと再生される。
どうやら切り落とすだけではダメらしい。
エリルの姉が私に向かって腕を伸ばして来たので、先程と同じように硬化を混ぜた風魔法を放った。
しかしその魔法は弾かれてしまう。
私は真っ直ぐに自分に向かって来る腕を、後方に跳ねて避けた。
強化したらしい腕は思ったよりの頑丈なようだ。
どうしようか。
私はニョロニョロと私を追いかける腕をから逃げながら、そんな事を考えた。
エリルはさっき、自分達を植物の魔物だと言っていた。
見た目からしてそれは事実だろう。
ならば弱点は恐らく決まっている。
ヨルトの戦い方を思い出し、私は剣を引き抜くとそれに魔法を掛けた。
剣は赤く燃え上がり炎を纏う。
ヨルトは武器に風魔法纏わせていると言っていたが、エリル達には火魔法の方が効果がありそうだ。
私はその剣を手にエリルの姉へと飛びかかる。
逃げに徹していた私の反撃が予想出来なかったのだろう。
エリルの姉は私の攻撃をまともに肩へと受けた。
「ギェェェェ。」
斬り落とされた腕が炎で焼かれる。
肩の傷口も焼け焦げ、微かに煙が上がっていた。
「なっ!?
あの剣は飾りじゃなかったの?
何で聖女が戦っているのよ!?」
エリルが焦ったような声を上げるが、それに答えるつもりはない。
私は今までもこうして戦ってきたのだ。
エリルの姉は戸惑ったように反対の手で焼けた肩を押さえている。
やはり火が弱点なのだろう。
焼け焦げた肩から、腕が再生されてこない。
「姉さん!」
姉の元へ駆け寄ろうとするエリルの前に、エマが立ち塞がる。
「流石コウ、見事に弱点を探り当てたね。」
「邪魔をするな!」
焦りと苛立ちからエリルの顔は歪められる。
そのエリルに向かってエマはもう一度弓矢を模した風魔法を放った。
だが、その魔法はエリルの蔦のような手によって防がれてしまう。
エマはチッと舌打ちをしたが、同じ魔法をもう一度放った。
攻撃を入れる事は難しいが、足止めするには十分な効果がある。
エリルの苛立ちはどんどんと増していった。
「コウ、勢い余って森を全焼はやめてよ。」
冗談っぽくエマはそう言ったが、恐らく本気でその心配をしているようだ。
目が笑っていない。
「大丈夫、それはちゃんと考えているから。」
私はそう言って、自分とエリルの姉を囲うように魔法と物理結界を張った。
これで遠慮なく火魔法を使う事が出来る。
私は炎を纏った剣を構えると、エリルの姉を見据えた。
タンッと飛び上がると、腕や胴、足などに次々と剣を振っていく。
切り口からは徐々に炎が広がり、エリルの姉は苦しそうにのたうち回った。
「姉さん!」
再びこちらに近寄ろうとするエリルにエマが風魔法を放つ。
エリルは私とエマを交互に睨みつけた。
「バカね、このままじゃ聖女も焼け死ぬわよ。」
最大の強がりだろう。
エリルはそう言ってエマを煽ったが、エマはそれに笑って答えた。
「バカは君だよ、コウをよく見てごらん。」
エマの言葉に私を見たエリルは、驚きに目を見開く。
「そんな...結界!?
二重結界なんて出来る筈がない。」
エリルの姉と私を囲む魔法と物理結界とは別に、私だけを囲っている魔法と物理結界にエリルは信じられないように言った。
「コウに常識は通じないから。」
まるで自分の事のようにエマは誇らしげにそう言った。
エリルは悔しそうに唇を噛むと、今度はアル達の方へと走って行く。
アル達を人質に取るつもりしらしい。
だが、そのエリルの足はアル達の元にたどり着く前に止められた。
膝からガックリと倒れ込み、エリルは恐怖に顔を青くする。
「まさか...こっちにも結界が...」
自分がアル達に掛けた結界の上から更に物理結界がかけられている。
エリルはその事実に身を震わせた。
「なんて魔力量なの...」
エリルは震えた声でそう言いながら私を見た。
私の後ろではエリルの姉がパチパチと音を立てて燃えている。
エリルはその様子に怯えたように首を振ると後ずさった。




