見えない家
朝日を瞼に感じて目を開ける。
私の隣には寄り添ったままエマが寝ていた。
頭をくっつけるようにして寝ていたのが少し恥ずかしい。
私が動くと、エマの睫毛が揺れた。
ゆっくりと開かれる瞳に私が映る。
「コウ、起きてたんだ。」
寝ぼけたようなぼんやりした声でエマはそう言った。
「おはよう、エマ。」
エマは小さく欠伸をする。
「コウおはよう。」
まだ眠いのだろう。
エマは目を擦ってから伸びをした。
「アル達はまだ着いてないの?」
「まだみたい。
鈍化の魔法が効き過ぎたのかな。」
私はそう言いながら朝食の用意をした。
食パンを卵液に浸して焼くと、優しい匂いが広がった。
甘い物好きなエマの為に、朝食はフレンチトーストにした。
焼き上がったフレンチトーストにフルーツを添えて、メープルシロップをかけてからエマに差し出す。
「わ〜、フレンチトーストだ!」
先程までの眠気は吹き飛んだらしく、今はフレンチトーストに夢中になっている。
そんなエマが本当に可愛らしい。
ムシャムシャと美味しそうに食べてくれるエマに、嬉しくなる。
ここまで美味しそうに食べてくれると、作り甲斐がある。
あっという間に食べ終えたエマは満足そうだ。
紅茶を飲みながら川に視線を送ったエマが思い出したように私に聞いてきた。
「そういえばコウはエリルが魔物だっていつ知ったの?」
「私が扉を叩いて、皆んなが集まって来る直前だよ。
エリルの部屋を除いたら、魔物の姿のエリルがカモメを骨ごと噛み砕いて食べていて...」
「うげ、コウはよく気を失わなかったね。」
エマはその様子を想像したのだろう。
両手で自分を抱くようにすると腕を摩った。
「まあ...アミーで見慣れてたから。」
「...なるほど。」
私と一緒に、エマもアミーの食事シーンを思い出したのだろう。
何とも言えない表情をした。
そこから私はエマにエリルから言われた事などを話す。
魅了と誘惑、それを解くにはエリルが魔物である事を知らせるしかない事。
エリルの目的が姉の食事として皆を連れて行くという事。
「それって僕らをお姉さんに食べさせるって事だよね?」
「そういう事だと思う。」
エマはその事実に身震いをした。
食べられる前に気付いてよかった、そんな顔をしている。
「でもエマは何で私の部屋に来たの?」
あの時、私の部屋に来て魔物姿のエリルを見ていなければ、エマはここにはいなかっただろう。
「何でって、コウの事が心配になって...。
きっと僕が、元々あの女の事が嫌いだったから魅了も誘惑も掛かり方が甘かったんじゃない?」
なるほど、そういう事もあるのか。
確かにエマは船の中でも一番、変化がわかりにくかった。
「そっか、心配してくれてたんだ。
ありがとう。」
皆から冷たい視線を送られて、自分を信じてくれる人は誰もいないと、あの時そう思った。
でもあの時でさえエマは私の事を考えくれていた。
エマには感謝しかない。
「別に、お礼を言われるような事じゃないし。
だって...仲間でしょ?」
エマは少し照れたようにそう言った。
私はエマに笑顔で返す。
仲間、その言葉が嬉しかった。
「ねえ、コウ...」
「シッ。」
エマの言葉を遮り、私は人差し指を口に当てる。
「アル達のボートが来た。」
私は声を潜めるとエマにそう言った。
ボートから岸へ降りるアル達の姿を確認する。
その中にはもちろん、エリルの姿もあった。
私とエマは体を伏せるようにして息を潜めると、アル達の様子を探る。
エリルは道案内するようにガロと共に先頭に立つと、森の中へ入っていく。
アル達はそのエリル達に続いた。
「流石コウ、ドンピシャだったね。」
軽口を叩いているようなエマだが、その顔にはやや緊張が見える。
仲間の命がかかっているのだ。
緊張もするだろう。
エリルやアル達に気付かれないように、一定の距離を開けながら後を尾ける。
森の中へ入った事で、アル達も緊張に包まれる。
警戒する様にゆっくりした歩調で歩いていた。
「エリルの姉さんは、よくこんな所に住んでいるな。」
風魔法によって運ばれて来た声が聞こえてくる。
ガロはそう言って横に並ぶエリルを見た。
「魔物が出始める前までは静かでいい所だったんですよ。」
「エリルの姉さんか。
会うのが楽しみだの。」
ザイドは髭を撫でながらニヤニヤしてそう言った。
「私達姉妹はあんまり似てないんですけどね。」
そう言ってエリルは楽しそうに笑う。
エリルが笑った事で、周りにいたガロ達が和やかな雰囲気に包まれる。
皆が優しい目でエリルを見ていた。
その様子に胸がズキン痛む。
「コウ、僕がついてる。」
エマは声を潜めながら、私の肩にポンと手を置くと笑顔を向けた。
肩から伝わるエマの体温が暖かい。
私もエマに笑顔を向けると頷いた。
暫く森の中を歩いているとエリルが立ち止まる。
「ここです。」
何もない森の中でエリルはそう言った。
だが、アル達は何の疑問も感じていないようだ。
何もない所で扉を開く仕草をして、エリルの後に続いている。
「どういう事?」
異様な光景に私は、戸惑ったようにエマにそう言った。
「多分だけど、幻影魔法かなって思う。」
エマも異様な光景に驚いてはいたようだが、冷静にそう返した。
「幻影?」
「うん、きっとアル達にはあそこに家が見えてるんだよ。
僕達には見えないけど、アル達は今、エリルの姉の家にいるんだと思うよ。」
エマにそう言われてアル達を見ると、確かにそう見える。
見えない家の中を、エリルに案内されている。
「今、お飲み物を用意しますね。
皆さんはお座りになっていて下さい。」
丸太が並んでいるだけの場所でエリルはそう言った。
「森の中にこんな立派な建物があるとはな。」
ヨルトはそう言って辺りを見渡した。
「雰囲気もいい。
何というか落ち着く家だ。」
ガロはそう言いながら丸太へと腰を下ろす。
皆が丸太に腰を下ろすのを確認すると、エリルは皆から離れた。
恐らく他の部屋に行ったのだろうが、私達からみると木の影に隠れただけだ。
アル達はそのエリルに気付く事なく、ただ丸太に座って待っていた。




