美しい婚約者
リセイアの王都に着いた。
門番の兵士は国境にいた兵士と同じように、ガロが私達の到着を待っていると言っていた。
ガロは余程、勇者のアルに会うのが楽しみらしい。
リセイアの王都を眺めながら進む。
暑い国らしく、人々の服は他の国に比べて露出が多い。
暑いのが苦手だと言っていたザイドだが、女性の露出が多い服は嬉しいようで先程から辺りをキョロキョロと見渡していた。
露店などで売られている物を見ると、エマが言った通り果物が多かった。
フルーツジュースなんかも売られていたので、今度飲んでみたいと思う。
「おい、君は勇者のアルフォエルじゃないか?」
突然声を掛けられて、私達はその声の主を見た。
褐色の肌に赤い髪、金色の目をした男がこちらを見ている。
背はアルよりも大きく2メートル位ありそうだ。
前の開けられた服からは鍛えられた体が見える。
なんだか...ライオンみたいな人だと思った。
「こいつが同行者のガロだ。」
小声でヨルトが耳打ちする。
「そうだ、俺がアルフォエルだ。」
アルはガロを見据えると、そう返事をした。
「そうか、そうか。
待っていたぞ、よく来たな。
おれはリセイア同行者、ガロ=ミナードだ。」
ガロはそう言うと、ニカッと白い歯をみせた。
外見からが少し怖そうな印象を受けたが、話してみるとその印象は払拭された。
ガロの人懐っこい笑顔に安心する。
「そうか、お前が同行者か。
こっちが...」
「おっ、君可愛いね。
君が聖女様?」
私達を紹介しようとしたアルの言葉を遮って、ガロはエマに声を掛けた。
焼けるような日差しを避ける為にフードを被っていたエマが女の子に見えたのだろう。
「僕はエマ=ワークリー、ヴェルアリーグ教の同行者だよ。」
エマはフードを取ると、少し不機嫌そうに自己紹介をする。
だがガロはそんなエマの様子など気にせずにがっくり肩を落とした。
「なんだ男か。」
ため息混じりにそう言ったガロに、うわぁ...と声が漏れそうになった。
なんというかガロは、私にとって苦手なタイプかもしれない。
私が知っている言葉でガロを言い表すとしたら...チャラいのだ。
この世界では初めて会うタイプの人間かもしれない。
「...僕、あいつキライ。」
エマも同じ事を考えていたようだ。
ガロには聞こえない位の声でポツリと呟く。
アルは何も言わないが、嫌悪感を示すように眉間には皺が寄せられていた。
「もう、ガロ様。
私がいるのに、目移りは許しませんよ。」
ガロの後ろから現れた女性が、ガロの腕に寄り添うように触れるとそう言った。
とても綺麗な女性だ。
オレンジ色の髪は柔らかくカールし、太陽の光を浴びてその色を強くしている。
大きな目の中で輝く濃いグレーの瞳は、ガロを見上げていた。
砂漠のオアシスに咲いた一輪の花のように、その女性は輝いていた。
そんな女性をガロは愛おしいそうに見つめる。
「紹介しよう、おれの婚約者のエリルだ。」
ガロの紹介を受けてエリルはニッコリと笑う。
周囲の男達がその笑顔に見惚れ、息を漏らすのが聞こえる。
ガロはそれを満足そうに眺めていた。
本当に綺麗な人だ。
人々がエリルの噂をするのもわかる。
女の私から見ても、うっとりする位美しい。
思わずエリルに見惚れていると、エリルと目が合った。
私を見てエリルがふわりと笑うと、ドキリとしてしまう。
なんだかエリルを直視出来なくて目を逸らしてしまった。
その瞬間、心臓がヒヤリとする。
まるで冷たい手で心臓を掴まれたような感覚が襲って来る。
ゾクリと背筋が冷たくなる。
なんだ、この感じは...。
それは一瞬の事だった為、今はもう、その感覚はない。
この暑い中で冷や汗が流れた。
アル達を見てみるが、何も変わりはない。
...私だけ?
背筋を伝う冷や汗に、恐怖が拭えない。
気のせいだと思いたいが、ハッキリとした感覚を覚えている為それも出来なかった。
「実はアルフォエルに頼みがあったんだよ。
ここで立ち話もなんだし、城に行って、おれの話聞いてくれない?」
ガロは妙に馴れ馴れしくアルにそう言った。
とても初対面とは思えない態度に、アルは少し不機嫌そうにしたがどのみち城へは行かなくてはならない。
仕方ないとばかりに了承すると、私達は城へと向かった。
さっきの感覚はなんだったんだろう...嫌な予感がする。
城へ着くとすぐに応接間に案内された。
私達とガロ、エリルそれにリセイア国王も同席していた。
「ようこそリセイア王国へ。」
そう言ったリセイア国王は私達一人一人と握手をする。
この国は人と人との距離が近い気がした。
これもお国柄なんだろう。
「アルフォエル、頼みというのは実はな。
このエリルの姉の元に一緒に行って欲しいんだ。」
リセイア国王との挨拶を終えたタイミングを見計らって、ガロはそう言った。
「姉の元へ一緒に?」
アルが聞き返すのもわかる。
何故ガロの婚約者の姉に会う必要があるのか。
「エリルの姉は森に住んでいてな。
先日手紙が来たんだ。
助けてってな。」
「何故手紙が来てすぐに助けに行かなかったんだ?
急を要するかも知れなかっただろ?」
アルは鋭い視線を送った。
確かにそんな手紙を貰ったら、普通はすぐに助けに向かう。
何故アルの到着を待っていたのか。
「私が止めたんです。
今は魔物も多く、姉の元に行くだけでも大変なんです。
でもきっと、勇者様達と一緒なら姉を助けに行けるんじゃないかって。」
エリルは目に涙を溜めてそう言った。
大きな目からは今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
「頼む、おれと一緒にエリルの姉を助けてくれないか?」
ガロはそう言って頭を下げた。
アルはしかしな…と言いながら、困ったように顎に手を当てた。
私達は魔王封印の旅の途中だ。
あまり時間を取る事も難しい。
アルもその事で悩んでいるのだろう。
「聖女降臨式の準備まで一週間は掛かる。
その間だけでも時間をくれないだろうか?」
リセイア国王からもそう言われてしまうと、断る事は難しい。
アルは仕方ないと言わんばかりに了承した。
明日の朝にはエリルの姉の元に行く為にこの王都を出る。
しかし私の嫌な予感は消えなかった。




