奇妙な魔獣を連れていた。
「村長!!」
村の中心にある木造の家に鎧を着た一人の男が慌てたように走り込んできた。
「どうした? レッドラビットの数が多かったのか?」
村長と呼ばれた男は椅子に座ったまま鎧の男に聞いた。
レッドラビットとはこの村の近くで最もよく見られる魔獣の名だ。その名の通り全身真っ赤なウサギである。
魔獣とはいうものの、基本的におとなしい性格のためあまり危険性はない。ただ、村に入れてしまうと、村で育てている作物を食べられてしまう恐れがあるのだ。だから、村の結界の一番の役割はレッドラビットを村に入れないことであると言ってもいい。
「いえ、そうではなく」
男のその否定の言葉に村長はさらに聞く。
「ならば一体どうした?」
「それが、今しがた結界に反応したのは一人の"男"でございまして」
「男、だと?」
村長は眉を顰める。この村はかなりの辺境の地にある。ここから一番近い街でも馬車で二日はかかるのだ。そんな場所に訪れる者といえばこの村に住む村人の知り合いか、年に一回村の様子を見にくる王都のお偉いさんくらいである。
ましてや正門から入らず、結界のはられた柵から村の中へ入ろうとする者などいるはずがない。この世界の者ならば。
「はい。そしておそらくテイマーだと思われます」
「テイマー? それは本当か?」
「はい。この村の周辺では見たことのない魔物を連れておりました」
テイマーとは一般的に魔獣を使役する者を指す。そういうことができる能力を持っているものもいるが、だいたいは何年もかけて手懐けることによって魔獣を使役する。そのため、かなり面倒なため、あまりテイマーの数はいない。
そんな数少ないテイマーが一体この村に何の用なのだろうか?
「今、どういう状況だ。警備の者たちは無事か?」
「はい。死傷者はいません。ただ」
「ただ?」
申し訳なさそうに鎧の男は続ける。
「その男には逃げられてしまいました」
「逃げた? 何もせずにか?」
用があって村に来たのではないのか? と村長は訝しむ。
「はい。何もせずに、です。いえ、正確には、命乞いをしていましたが」
そう言い直した男に村長は困惑の表情を向ける。
「命乞い?」
ほとんどの村が結界のはられた柵に囲まれているということなどこの世界の常識である。
その結界を気にせず堂々と村に入ろうとしたにも関わらず村の警備兵に命乞いまでして逃げ出すというのはあまりにも珍妙な行為である。
「どういたしますか?」
「ひとまず警戒はしておこう。村の皆にもそう言っておけ」
そう命令した村長に鎧の男は聞く。
「放っておいてよろしいのですか?」
「無駄に追いかけた方が危険であろう」
「それはもちろんわかっているのですが」
「じゃあなぜそのようなことを聞く?」
「……ソラト様はまだ、帰ってきていないのでは?」
「……」
ソラトとは、村長の十才の息子である。昨日の夜、とあることで喧嘩になり、村を飛び出してしまった。近くには凶暴な魔物はほとんどいないので放っておいてもまた戻ってくるだろうと放っておいたのだが。
「もしソラト様がその男と出くわしてしまったらまずいのでは」
「一人のバカ息子のために村の者の命を危険に晒せるわけがなかろう」
「しかし」
「これ以上言わせるな」
「っ!!」
有無を言わせない村長の言葉に男は黙るしかない。
「もう話は終わりだ。お前は仕事に戻れ」
「……失礼します」
男は家から出て行った。
男が出て行った後の家の中にはただ静けさだけが残る。
「……無事でいてくれよ、ソラト」
その村長の呟きは静寂の中にただ響くだけ。
村長としては正しい判断。だが、親としては残酷な決断。ただ息子の無事を祈ることしかできない自分を恨む。