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中学生

作者: 野郎数学徒

中学生って、こんなもんですよね。

朝六時に起床した僕は、教科書ノートを鞄に入れて、飯を食い、二十分後には家を出て、駅に向かった。

小学校時代のいじめから地元の公立への進学は嫌だと言うことから中学受験を経験した。第一志望の都立中には受からなかったが、滑り止めの、ちょっと近所の私立中学に受かったので、今はそこに通っている。

私立には、小学校五六年の同級生のようなやつはいなかった。正確に言えば中一の時、一人いたが、僕はそいつと離れるために勉強を頑張った。学力順でクラスが分かれる仕組みだったからだ。結果、僕は一番上の選抜クラス、そして例のヤツとは別のクラスになった。努力は実を結ぶということを実感した。

中二の出だし。とても充実していた。クラスメートは、周りは自分程度に賢いことをみんな知ってるし、個人的に、名門だとか、伝統だとか、賢い系統だとかに拘泥するのにはまっていた僕はとても満足していた。

「じゃ、行ってくるね」

授業、部活が終わり、バスに乗って、で、家に帰った。

「今日も楽しかった」

中一の時も、親に、今日はどうだったか聞かれたときはこの決まり文句を言い続けていたが、今年は本当に、文字通り楽しかった。



一年後。僕の青春はここから始まる。僕の、理想通りの、完璧な学校生活が。

朝六時起床、30分弱で支度を調え、家を出て、バスに乗り、学校に到着。一番早くに学校に着くバスに乗った、これは自分の意思では無く、親が、その、所謂「一便」に乗らないと別途料金になると勝手に思い込んでいたからで、やらされていたんだ。

で、学校に着いた。馬鹿早く着いたので、一時間半、何もすることが無い。僕は、自分の言うことを聞いてくれるかわいい後輩達に、理想の先輩、学校の鏡として、とても慕われているのだが、人気者は辛い。たまには自分だけの時間というのを持ちたくなるという、学校の頂点として負わなくてはならない、また、そんじょそこらの一般生徒には到底理解できない苦悩がある。同級生、クラスメート、要らない、もう飽きた。飽きたから、対応するのが面倒。そういう、僕みたいな上流階級のために、やはり私立だからか、僕の学校は「個室」を用意してくれていた。僕みたいな、選ばれし人間しか入れない個室。

そこでは、成績も、学年も、そしてそういった階級だって何だって関係ない。生徒、教員だっておかまいなしに、誰でも受け止めてくれる個室だ。なんて形容すればいいのか、自由、平等、ユートピア、精神と時の部屋、とにかくそんな感じの素晴らしい個室。

僕は、図書館一階のすぐそばにある個室の、洗面台に一番近い個室を、自分専用の個室としていた。一便で、毎朝一時間以上ずっと使っているので、私物化したと言っても十分いいだろう。そういう勝手だって、この個室では何の問題も無い。

個室には大きく二種類のサービスがある。一つ目は個室、漫画喫茶のイメージである。そして二つ目は、うーん、何というか、立つスタイル。個室との違いは、個人じゃ無い、つまり、あわよくば集団での利用が可能だというところだ。後者を使う人の方が多い。だがしかし、僕はそんな、大衆に迎合する、付和雷同するようなことはしない。僕は特別なんだから、人数の割合的に、選ばれし人間だけが使える方を選ぶというのも、自分の役割をわきまえてのことだ。これくらいの親切はしなければならない。


自分専用の個室に入る、これを僕はログインすると言っているんだが、僕の個室ルーティーンは、まずは自前の端末でニコニコ動画、YouTubeを鑑賞すること。これで七時半から何分か、無駄な時間を過ごす。当時、僕は「ぷりんてぃん」とSyamu-gameにはまっていたのだ。でかでかと赤字コメントを打つのが面白いんだ。あとYouTubeでは神聖かまってちゃんというアーティストを最近見つけた。ショットガンでうんたらっていう曲が、その特別な存在ゆえに孤独を強いられる僕としては心に刺さった。個室で何回も再生することもある。個室では自分自身をさらけ出していいんだから、普段の崇高なイメージとは幾ばくかかけ離れた行為かもしれないけど、これくらい、許してよ。あと、たまに掲示板でレスバトルもしたが、ここは個室、漫喫だと思えば、何の問題も無い。今まで、漫画喫茶は、一人で行ったことないけど。それより、多分、親が心配する。家は普通の家庭のようで実は過保護なんだ。疑う者は僕と何日か同居すればその異常さが身にしみると思う。僕は、今まで書いていなかったが、学校では、学園のお偉いさんから賞状をもらうような優等生だもんで、そういう建前から、僕は拘束されているんだ。決して、これは決っっして、僕が根性なしだからということでは無い。崇高で、みんなのあこがれの先輩なんだぞ。そんなことでびびるようなことはしない。


うわ、びっくりした。今、外から人の声がした。こんな早くに来るヤツはどこのどいつだ。清掃員の方々はあと七分後に来るはずだぞ。出た、野球部だ。朝練すんなよ。おい待てよ、一人だけじゃない、二人いる。連れている。僕は一時間半ここに居座るつもりだから外に出ることは無いんだけど、もし今何かあって外に出ようと思うとすれば、外に出づらくなるじゃないか。ちょっと鍵を強くスライドさせておこう。もしかしたら、奴らは、僕が毎朝ここで秘密の時間を堪能しているのをどこかから嗅ぎつけてやってきたのか。これはトップシークレットだ。何より自分の名誉に関わる。これはまずい。自室のドアに鞄が近いから、存在感を消すために奥にずらそう。足を頑張って曲げて、影も消さねばならない。

まだ話してる。練習に戻れよ、早く。あの、中二でクラス分かれたあいつが待ってるだろ。まあ、彼が野球やればやるほど、勤勉な僕と離れていくんだけどね。そういえば最近彼は僕に目を合わせないようになってきたな。僕の輝きがまぶしいってか。こっちにはなあ、後輩、先生からの期待、そしてこの個室での自由な鑑賞と2ちゃんねるがあるんだよ。野球ばっかりと比べてよほど充実しているからさ、まあいいんだけど。君とは、住んでいる世界がどうやら違うみたいだね。ああ、ちょっと取り乱してしまった。これだと、あの、部活の、いつも土曜日に食堂の一番後ろで隠れてスマホで通信対戦やって、俺たち悪いことしてるぜアピールしている陰キャ先輩と同類になってしまう。同じじゃ無いんだ。僕は、こういう雰囲気、自分を保つのは、自分からじゃない、内からじゃない、周りが僕に求めるから、その必要に応じての崇高さ、なんだ。流れが全く違う。そういえばめがねが少し奥に行っていた。僕は鼻眼鏡にすると最高にイケてるんだ。調整しよう。そう、ここが一番いい位置。


ふう。やっと出た。続きを話そう。

で、しばらくインターネットの洪水を、ネット界隈の人間として器用にかき分けかき分け楽しんでいると、ここの個室は本当によく作られている、自動で照明が暗転する。「そんなに端末を見てはいけませんよ、目が悪くなりますよ」という、学校からの配慮である。そういうときは、センサーに向けて、「わかったよ、切り替えるよ」という、感謝込みの思いで左手を挙げる。すると明るくなる。また、これは健康への気遣いでもある。ずっと同じ体制だとエコノミークラス症候群になったり、痔になったりする恐れがあるので、体を動かす。周りに人がいないときは、体をぶんぶん動かす。弱アルカリ性の、アロマというか、何というか、アンモニアの匂いが取れるんだ。後輩に「ブレザー臭くない?」と言われたくない。だからあえて個室ではずっとブレザーを着て、匂いをブレザーのみに集中させ、教室ではしばらくそれを脱ぎ、シャツのみにすることで匂い対策もしている、つもりだ。

再び明るくなってから、僕は、漫画「ガラスの仮面」を読む。学校に一巻から四十九巻まである。僕はそれを定期的に、一回で五巻ずつ借りて、もう今日で四十巻になる。継続は力なり。

僕は、ガラスの仮面から、恋愛のいろはを人よりならず学んでいる。最近、クラスの女子からの強い視線を感じる。これは、向こうが自分のことが好きに違いないのである。こういう時に、ロマンティックな、運命の二人に、最低限の労力でなるためには、何をするべきか。ヘタに告白して、フラれたら嫌だし、保健体育の先生とかに相談してもいいけど、またこいつも、普通の生徒と同じように恋に目覚めて、告白に迷っていると思われるのは絶対に嫌だ。そこで、僕はガラスの仮面を読んで、恋愛のいろはを学ぶことにした。ふむふむ、運命の二人になりたい、つまり、桜小路君にならずに、紫のバラの人になって、マヤのハートを鷲掴みにしなければならない。これは、つまり、所謂ルックスもよくて、性格もいい、誰から見てもお似合いの二人というのは、女の内面では齟齬があって、実は、自分の心の芯を、一見遠く離れたところから実は一番近く見守っている男こそ運命の相手なのだな。なるほど、これは深い。深いぞ、恋愛って。一番簡単な方法?まずは、後輩をうまく唆してこっちの者にすることだ。事実、僕を狙っていると思われる素直で未熟な後輩はいっぱいいる。しかし、恋愛だけは同年代でしたい主義だ。今回の、Yちゃんは運命の相手なのだ。千載一遇のチャンス。まあいっか。とりあえず、今後のためにもガラスの仮面を読もう。


あっという間にホームルーム十分前の鐘が鳴った。よし、人はいない、僕は、体育全般苦手だが、ただ一つ神が僕に恵んでくれた物があって、足だけには自信がある。よし、行くか。

僕は、全科目の教科書、資料集とノートと、それを家でもう一度きれいに書き直した復習ノート、さらには自分でも何が入っているのかようわからんものまで雑多に入った、登山用かと思うくらい重く膨れたスクールバックパックを背負って、急いで、教室に向かった。アンモニアの匂いを消しながら。

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