5 あなたの名前は、ケイ?
俺の言葉を聞いて戸惑いを見せる彼女。
そりゃそうだろう。俺自身が戸惑っているのだから。
言葉を交わした事もない相手からそんな事言われて、驚かない方がおかしい。
だけど彼女は少し頬を赤らめながら「あたしもあなたに会いたかったの。だから会いに行ったんだけど」そう呟いた。
「えっ 会いに行ったって?」
予想もしていなかった言葉に俺は驚いた。
彼女の話では普段は自転車で学校に通っていて、雨の日だけ電車で通学しているらしい。
【そう言われたら初めて会った日も、雨が降っていた気がする】
それじゃあ俺が駅で彼女を待っていても、会えない訳だ。
だけどどうしても俺の事が気になり、今週の月曜日駅で俺を待っていたと。
しかし事故の為に電車に遅れが出た月曜日に俺達が出会う事はなく、次の日からもずっと駅で俺を待っていたと彼女は俯きながら告げて来た。
俺が彼女をこの駅で待っていた時、彼女も俺を待っていたなんて。
これはもう、神様の悪戯としか思えない。
「ねぇ どうしてあなたはあたしの名前を知っているの?
あの時、すずってあたしの名前呼んだよね?」
顔を上げ俺を真っ直ぐ見詰める彼女の瞳が、切ない程に眩しい。
「分からない。咄嗟にそう叫んでたんだ」
「じゃあ、あなたの名前は、ケイ?」
「どう......して......」
驚きを通り越して言葉にならない。
「あたしの名前は鈴音。あなたの名前はなに?」
「俺は慶一。佐久間慶一」
「本当にあなたはケイだったんだ」
彼女の言葉が俺の思いとシンクロする。
それに夢の中で聞いていた俺の名前を呼ぶ声は、間違いなく彼女の声だ。
一体どうなっているんだろう。
お互い言葉を失ったまま見詰め合っていると、通勤を急ぐサラリーマンが俺の肩にぶつかって通り過ぎて行き、我に返った俺は慌てて腕時計で時間を確認した。
「あっ 学校!」
【もう始まってる。だけどもっと彼女と話したい。一緒にいたい】
そう思いながらも「時間大丈夫?......じゃないよね」と彼女に告げる。
でも彼女は「うん」と小さく頷いたまま、焦った様子もなくその場を離れようとしない。
だから俺は素直に思いを口にしたんだ。
「もう少し話せないかな? もっと君の事が知りたい」
すると彼女は顔を上げ「うん!」可愛く微笑んで頷いた。
もしかしたら彼女も同じ思いだったのかもしれない。
俺たちは学校へは向かわず、駅前のファミレスで話をすることにした。
店に入ると男性店員に窓際の席に案内され「すみません。窓際はちょっと......」俺が苦笑いをしながら奥の席を指差すと、制服の俺達をジロジロと見て「お好きな席にどうぞ!」ちょっと感じ悪く答えられた。
店の一番奥の目立たない席に鞄を置きドリンクバーだけを注文して、俺はカップにホットコーヒーを注いだ。
それを見て「お砂糖とミルクは?」そう問いかけてくる彼女。
「要らない。ブラックだから」
本当は砂糖もミルクも入れたいけど、ちょっとカッコつけてしまう俺。
彼女はアイスティーを持って席に戻るとグラスにミルクとガムシロをたっぷりと注ぎながら「ブラック飲めるんだ。凄いね」って呟いた。
「そう?」
カッコつけている事を悟られないようにしながらコーヒーを口に運ぶと、思った以上に苦くて顔をしかめそうになった。
【うわぁ 苦げぇ】
その瞬間、俺は砂糖とミルクを入れなかった事を思いっきり後悔した。
「あのね」
彼女がストローでミルクティーを掻き回しながら問いかけてくる。
「あなたに会うの初めてだよね? 前に会ったことある?」
「いや、たぶん初めてだと思う」
「そうだよね。でもね、不思議な感覚なの。
ずっと前からあなたを知ってるような、あなたを探してたような......そんな感覚なの」
「俺もそんな風に感じてた。すずに初めて会った時に、この子だって思った。
あっ ごめん。すずって呼んで」
「ううん。すずでいいよ。ずっとあなたにはすずって呼ばれてたし」
「え?」
「変な子だって思わないでね。小さな頃から、ずっと同じ夢を見てたの。
あたしの事をすずって呼ぶケイって名前の男の子の夢を。
ねぇ ケイはあなただよね?」
まさか彼女も俺と同じ夢を見ていたなんて。
彼女と出会ったのは偶然なんかじゃない。
運命の出会い......そんな大げさな事じゃないかもしれない。
だけど必然の出会いだっと今なら確信出来る。
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