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30 果たされた約束

本日2話目で、最終回です。

 次の日の朝、すずの家に持っていく勉強道具を準備していると、昨日帰りにコンビで買った例のモノが鞄から出てきた。


【えっと......今日持って行くべき?】


 箱から取り出したそれをピロピロと広げ考えていると、小学生の弟がいきなり部屋に入ってきた。


「うわぁ びっくりした。お前 ノックしろよ」


「自分の部屋に入るのにノックすんの?」


【そりゃそうだ】


 不思議そうな顔をしている弟を見て、俺は頭をポリポリと掻いた。


 4人兄弟の俺達に一人一部屋なんてある訳もなく、俺は弟と二人で部屋を使っている。


「慶兄、今何隠したの?」


「何でもねぇよ」


「お菓子でしょ! 僕にも頂戴よ」


「お菓子じゃねぇし......」


「じゃあ何?」


「子供は知らなくていいんだよ」


 俺はそう言って誤魔化し、隠した物を鞄の中に押し込んだまま「ケチ!」と文句を言う弟を無視して部屋を出た。


【どうしよう。全部持ってきちゃったよ。

 すずに鞄の中見られないように気をつけなきゃなぁ】


 これを見たら小悪魔すずはどんな行動に出るんだろう。


 期待しながらも不安になる俺。


【せめて2個ぐらいにすれば良かったよなぁ】


 大して差がないと思える事を気にしながら、俺はすずの家に向かった。




 彼女の家に着きチャイムを押すと、すぐにお母さんが玄関のドアを開けてくれた。


 そのお母さんに「毎日ありがとうね」とお礼を言われた時、俺の胸がちょっと痛んだ。


「慶、いらっしゃい!」


 笑顔で出迎えてくれたすずに「おはよぅ」と挨拶を返し、俺達はすぐに2階へと続く階段を上った。


 部屋に入り床に鞄を置いて腰を下ろす俺を見て「慶、どうした?」すずが心配そうに声を掛けてくる。


「え?」


「ため息ついてたから。

 もしかして毎日ココに来るのしんどい?」


「そんな事じゃないよ。全然そんなことない」


「......それならいいけど」


 隣に座り、心配そうに俺の顔を覗き込むすず。


 俺はそんな彼女をゆっくりと抱き寄せた。


「もう少しだけ、こうしてていい?」


「あたしは、ずっとでもいいよ」


 可愛い返事に息をもらせて笑うと「慶」甘えたような声で俺を見つめる彼女の唇に、引き寄せられるようにキスをした。


「宿題しよっか!」


「えっ 宿題?」


「......何か不満?」


 拗ねた顔で俺を見つめる彼女に問いかけると「なんで今言うかなぁ」益々唇を尖らせて文句を言われた。


【そりゃ、そうだよな】


 ポリポリと頭を掻く俺を見て「もぅ......いいょ」彼女は投げやりにそう呟いて俺から体を離した。


 俺を素直に求めてくる彼女を、正直嬉しいと思う。


 俺だってそうしたい。


 だけどすずが大好きだから、誰よりも大事だから、こんな気持ちのまま結ばれたってダメなんだ。


【どうすれば、俺の気持ちすずに分かってもらえるのかなぁ】




 お昼過ぎお母さんが作ってくれた昼食を食べていると、すずの前の椅子にお母さんが腰掛けた。


「ママ、今日は出掛けないの?」


 彼女の問いかけに一瞬焦る俺を見て「あらっママがお邪魔なの?」とお母さんは聞き返した。


「そうじゃないよ」


「ママがいたら慶一君とイチャイチャ出来ない?」


「いなくてもイチャイチャなんて出来ないもん」


 すると俺に対する嫌味をすずが口にした。


【それ今言わなくてもよくね?】


 焦る俺を余所目に、しれっとした様子でうどんをすするすず。


「もしかして、あなた達まだエッチしてないの?」


 驚いた様子のお母さんに対して「してないよ。だって慶がまだダメって言うんだもん」正直に答えるすずにびっくりしていると「あらっ意外ね」とお母さんは零すように呟いた。


「今の高校生って進んでるって聞いたけど、案外そうでもないのね」


「ママは平気なの?」


「平気じゃないけど、慶一君はちゃんと鈴音を幸せにしてくれるって信じてるからね。

 だから鈴音の事をお願いしたんだし、ダメだとは思ってないかな。

 どうして慶一君はダメなの?」


「えっ......それは」


【そんな事聞かれてどう答えればいいんだよ】


 答えに困っていると「正直に言っていいよ」とお母さんは言葉を投げかけて来た。


「なんか罪悪感? みたいなの感じる......みたいな」


「誰に?」


「お母さんやお父さんに?

 特にお父さんには認めて貰えてないみたいだし」


「慶一君、あなた真面目なのね」


「そんなんじゃなくて、ただすずの事大事だから」


「うふふふ。ママ益々慶一君の事気にいっちゃった。

 鈴音は、こんなに大事に思われて幸せね」


「幸せだよ。でも......嫌だ」


「慶一君、あなた大変ね。

 鈴音は普段おっとりしてるくせに自分がこうと思った事に対しては猪突猛進な所があるから、いつか鈴音に押し倒されないように気を付けてね」


 お母さんはちょっとふざけた感じで言ったけど、まんざら間違ってない気がする。


 苦笑いする俺を見て「あんまり慶一君を困らせないのよ。そう言う時は自然にやって来るんだから、慶一君に任せておきなさい」お母さんは柔らかな笑みを浮かべながら諭すようにすずに告げた。


すると「ママは、ちゃんと慶を認めてくれてるんだよね?」ともう一度お母さんに確認をするすず。


「当り前でしょ!

 その事で罪悪感を感じる必要はないし、パパの事はママに任せなさい」


 お母さんの言葉に安心したように笑みを漏らせるすずを見て、俺は少しだけ昨日の事を後悔した。


【俺が感じていた罪悪感は一体なんだったんだ】


 いや、実際には我慢して正解だったんだけど......。





 部屋に戻ると案の定、すずは俺の気持ちを確認するように抱きついて来た。


 俺は、そんな彼女を諭しながら床に座らせる。


「すず、俺な......」


 言葉を探す俺の顔を、真剣に見詰める彼女。


「お母さんが言ってくれた事、素直に嬉しいって思うよ。

 ちょっと安心もした」


「だったら......」


「すず、ちゃんと最後まで話し聞いて。

 だけど俺は、先に進むのはまだいいって思うんだ」


「どうして?」


「そんな不安そうな顔すんなよ。

 俺、今の気持ちもう少し大事にしたいんだ。

 もう少しだけ楽しみたいっていうか」


「今の気持ち?」


「きっと今だけだと思うんだ。

 こんな風にすずに触れるだけでドキドキしたり、恥ずかしかったりするのって。

 きっとエッチしたら、その分だけドキドキが減っていくんだ。

 愛情が減っていく訳じゃない。きっとそれは増えていくんだ。


 でも当たり前になってこんな風に抱き締めるだけで、胸が苦しくなったりすることってなくなるような気がする。

 だから先を急いだら勿体ないような気しない?

 今しか感じられないドキドキや恥ずかしさやワクワクする気持ち、もう少し感じていたいんだ」


「勿体ない?」


「意味、分からない?」


「分かる。分かるけど......」


「すずはどうしてエッチしたいの?」


「......」


 彼女は困ったように俯いた。


「すず?」


「あのね、エッチしたら夢の中のあたしが感じていたような、幸せな気持ちになれるのかなぁって思ったの。

 慶の愛をいっぱい受け取って、あたしの愛も伝えるの。

 あたしね、いつもいつも夢の中の自分を羨ましいって思ってたんだ」


「前世のすずはホントに幸せだと思ってくれてたんだな」


「そうだよ。だからあたしもって思ったの。ダメかな?」


「ダメじゃないよ。でも、俺は今でもちゃんと感じてるよ。

 すずに愛されてるなぁって。すずは感じてない?」


「そんな事ないけど......」


 言葉に詰まる彼女を優しく抱き締めると「前世の俺達と比べるのは止めよう。俺達は俺達でいいじゃん。

 俺はこんな風にすずを抱き締めるだけで充分幸せだよ」俺は彼女の耳元でそう囁いた。


「キスはいらないの?」


「それは......いる!」


 クスリと息を漏らせて笑うと「うん。時間はたくさんあるんだもんね」彼女は俺の体をギュッと抱き締めた。


 これでいい。


 今までずっと待ったんだ。少しくらい彼女と結ばれる日が遅くなっても構わない。


 これからずっと二人でいられるのだから、急いだって仕方ない。


 ゆっくり、ゆっくり二人一緒に歩んでいこう。


 楽しみは、後に取っておくほど楽しいよ。


「すず、宿題しようか?」


「うん。慶の荷物取ってあげるね」


 彼女はそう言って立ち上がると、俺の鞄の中から夏休みの宿題を取りだした。


「あっ......すず待って」


 忘れていた事を思い出し、慌てて彼女を引き止める。だけどもう遅かった。


「慶......これ何?」


「さぁ、なんだろうなぁ?」


「もう、慶だってその気あったんじゃん!」


 すずは真っ赤な顔をして怒りながら、鞄から取り出した小さな箱を俺に投げつけた。


「慶のばーか!」


「すず、話を聞いて。これには訳があるんだって」


 焦る俺に背中を向けて怒るすず。


 でも彼女の背中が小さく震えて笑ってる。


 俺達は、もう暫くはこんな二人でいいと思うんだ。


 背中から優しく彼女を抱きしめると頭の中で【ありがとう】と囁く声が聞こえた気がした。


 するとすずが驚いた様子で俺の顔を見上げる。


「ありがとう......だって」


「うん。聞こえたね」


【二人が交わした約束はきっと俺達が果たしてみせるから、遠い空でずっと俺達を見守っていて】


 俺は腕の中の愛しい人とキスを交わして、約束を果たすことをもう一度彼らに誓った。




END






無事に最終回まで、投稿することが出来ました。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


宜しかったら、感想や評価していただけると嬉しいです。

別の連載「私はまだ恋を知らない」も読んでいただけると嬉しいです。


ありがとうございました。

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