27 ピンチ
すずの腰に腕を廻してゆっくりと引き寄せる。
すると艶やかな彼女の唇は、俺に触れられるのを待っているかのように微笑んだ。
その唇に小さく可愛いキスをして「この先はすずが元気になってからな」俺はポロポロと崩れそうな程脆い理性を一生懸命に保とうとした。
「ねぇ慶、もっとチューして」
しかし彼女はそんな俺に平気でミサイルを撃ち込んでくる。
「すず、俺が困るの楽しんでねぇ?」
「チューすると困るの? イヤ?」
彼女は、ちょっと悲しそうな表情で問いかけてくる。
「そうじゃなくて...... 」
「だってチューの先はお預けなんでしょ? だったらチューくらいしたい」
「お預けって......」それはこっちのセリフだろ?」
俺は苦笑いをすると抱き締めていた彼女の体をゆっくりと離した。
「慶?」
「マジで宿題するぞ!」
「え~!!」
「え~!! じゃない」
「......ケチっ」
小さな文句を口にすると、彼女は俺に向いて可愛く舌を出して部屋を出ていった。
「ったく! 人の気も知らねぇで。はぁぁぁっ......どんな拷問だよ」
お母さんがいたから保てた理性。
そうじゃなければ俺の理性は、彼女のミサイルによって、木っ端みじんに打ち砕かれていたに違いない。
彼女の体が元気になったら。二人の付き合いをお父さんに認めてもらえたら。そんな事を思っていたのに......。
次にミサイルが発射された時、俺の理性は耐える事が出来るのだろうか?
そんな自信......ないに等しい。
ベッドに腰を下ろし溜息を漏らすと、暫くしてすずが折りたたみのテーブルを持って戻って来た。
「これでいいんでしょ!?」
まだちょっと不貞腐れ気味のすずからテーブルを受け取ると部屋の真ん中に置き、「宿題終わったら、いっぱいデートしような」俺はそう言って彼女に微笑みかけた。
「......うん」
渋々頷くと、すずは机の上の鞄から夏休みの宿題を取り出し、テーブルの前に座った。
「すず、疲れてないか?」
お昼前、俺は手にしているシャーペンを、親指の根元でクルクルと廻しながら、向かい側に座っている彼女に問いかけた。
「ちょっと......。でも大丈夫」
「無理すんなよ」
「うん。もうすぐお昼だし、休憩しようか。
お昼ごはんまだかママに聞いてくるね」
そう言って立ち上がろうとした彼女が、テーブルに手を付いたまま動こうとしない。
「すず?」
「あし......足が......痺れた」
「大丈夫か?」
痺れに耐えて震えているすずにそう優しく問いかけながら、俺は態とあぐらを掻いていた足を延ばして彼女の足に触れた。
「ひぃっ! 慶、やめてよ~!!」
「さっきのお返し」
「お返しって何? あたし慶に何かした?」
「拷問に掛けられた」
「そんな事してないよ?」
すずは、きょとんとした表情で俺を見詰める。
自覚していないすずにちょっと腹が立った俺は、もう一度彼女の足を軽く蹴ってやった。
「もう大丈夫だもん!」
彼女はそう言うと、ちょっとよろめきながら立ち上がり、ゆ~っくりと部屋を出ていった。
「ちょっと意地悪し過ぎたかなぁ?
あいつ、ホントにわかってねぇと思うか?」
俺は傍にいた、すずの親友のくまちゃんに何となく話しかけた。
「お前知ってたか? すずがあんな小悪魔ちゃんだったなんて。
俺、お前の親友に振り回されっぱなしなんだけど......」
ぶつぶつと文句を呟いていると一階から「慶、ご飯出来たから下りてきて~!」俺を呼ぶすずの声が聞こえた。
「だって! 行ってくるわ」
俺はくまちゃんの頭をポンと叩くと「直ぐ下りる」と返事を返して、階段下で待っているすずの元へと下りていった。
「こんな暑いのにうどんなんてごめんさいね。
消化に良いモノで、鈴音が好きな食べ物ってこれくらいだったのよ」
お母さんは申し訳なさそうに謝りながら、あったかいうどんを俺に差しだした。
「俺もうどん好きなんで気にしないでください。
すず、しっかり食べれそう?」
「うん。今朝も昨日よりは食べれたよ」
「そっか。もう大丈夫だな」
「うん。もう心配しなくていいよ」
彼女の微笑みにホッとしてうどんを口に運ぶと「じゃあ、ママお昼から出掛けて来ていいかしら?」突然お母さんがそう問いかけて来た。
「ママどこ行くの?」
「お友達とランチに行く約束してたんだけど、鈴音が心配だったから行くの止めようと思ってたの。
だけど慶一くんいるし、大丈夫よね?」
「ママだけずるい! あたし達もご馳走食べたかったよね?」
すずは隣にいる俺に問いかける。
「まだご馳走は無理だろ。ずっと何も食べてなかったんだぞ。
ちゃんと食べれるようになったら、行けばいいだろ?」
俺の返事に、彼女はちょっと唇を尖らせた。
「大丈夫です。無理はさせないんで、お友達に会ってきてください」
俺の返事を聞いて「慶一くんがそう言ってくれて良かった。お友達とお喋りするのが唯一の楽しみなの」お母さんはそう言って嬉しそうに出掛ける準備を始めた。
【しかし、この状況マズくね? 慶一くん、絶体絶命のピーンチ!】
目の前にあるうどんを見詰めて深い溜息を漏らせる俺に「ママ出掛けるんだって」彼女は無邪気に笑いかけて来た。




